3日後、ソウは意識を取り戻した。
その後の検査結果では体の方には全く問題はなく、
1、2ヶ月もすれば退院出来そうだという医者の話だった。
ただ精神的なショックが大き過ぎたせいで、ソウは声を
失っていた。
医者は、少しずつ精神的なダメージを和らげてあげるしか
ないでしょう、と言うだけだった。

だが警察にそんな事情は通じず、意識を取り戻した翌日から
早速ソウの事情聴取は始まる。
ソウは筆談ながら、思っていたよりも聞かれる事に淡々と
答え、程無くして事件の全貌が明らかになった。


ソウは大学2年生の時、自分より二まわりも上のキリシマ教授と
付き合い始めた。
きっかけは教授も含めて行ったコンパだったらしいが、ソウが
教授を『コウ』と呼んでいた事以外、二人の関係について
それ以上の詳しい事を、一切ソウは語らなかった。

教授には40代後半になる妻がいたが、元々それほど愛情が
あった訳ではなく、世間体の為に『大学教授の妻』という
肩書きを欲しがる、学生時代の同級生だった妻に押し切られて
結婚したという。
しかし夫婦間に子供はなかったし、異常なほど世間体を気にする
妻に疲れた教授は、いい加減に離婚したいと考え始めていた。
だが何度教授が離婚を求めても、一切妻は話に応じてくれない。

そこでソウが、自分が妻を説得するからと教授宅を訪れ、妻に
土下座をして離婚を求めた。
もちろん教授も慰謝料を払うと約束したし、家の名義も妻に
変更して、自分が出て行くからと頭を下げた。
すると慰謝料の金額さえ納得出来ればいい、と意外にもあっさり
それを承諾してくれたので、離婚後に教授が住む部屋を二人で
探して決め、契約しようとしていた矢先。

ソウの携帯に教授の妻から電話がかかって来て、慰謝料の
金額について3人で話したいからと言われ、大学帰りに教授宅へ
寄った。
まだ教授が家に帰っていなかったので、取り合えずそれまで
お茶でも、と勧められるままお茶を飲んだ所から、しばらく
記憶が飛んでいる。

気が付いた時にはスカーフで猿轡をされて居間の柱に
縛り付けられ、目の前では教授の妻が包丁を持って自分を
見下ろしていた。
その目には深い憎悪が溢れかえっている。

『あんた達のような汚れた関係を、私が許すとでも思ってたの?』

最初に言われたその一言で、妻が離婚に同意したのは
嘘だったのだと初めて気が付いた。

『私の人生を滅茶苦茶にした責任は取って貰うわよ。』

と言いながら、ソウの体を切り付け始めた教授の妻。
なんとか逃れようと身動きする度に、刻まれた傷から
血が溢れ出す。
だんだんと意識が朦朧とし始めた時、何も知らない教授が
玄関の扉を開ける音がした。

教授を部屋に来させてはいけないと、猿轡をされた口から何度も
叫び声をあげたのだが、全く気付いてもらえないまま教授が
居間に入って来た。
その直前扉の陰に身を隠していた妻は、ソウの姿を見て驚きながら、
紐をほどこうと手を伸ばして近寄ってくる教授の背中に、いきなり
包丁を突き立てる。
最初は呻き声をあげた教授だったが、何度も何度も立て続けに
その背に刃を受け、ソウの目の前で、たった十数分の間に事切れた。

それを確認した妻は、血塗れの姿でソウに微笑みかける。

『夫を男に取られたなんて世間様に知られてしまったら
 私はもう生きてなんていけないのよ。
 ……離婚なんかしてやるもんですか。
 あんたなんかにこの人は渡さない!』

そう叫んだ妻は、寸分の狂いも無く自らの心臓に包丁を
突き立て、教授の背中に折り重なって絶命していった。

そしてソウは目の前で繰り広げられた光景を最後まで
見届けた後、そのまま意識を失った。



※次は18禁※苦手な方はご注意を