大学院を卒業し、俺とシュウが社会人1年生になった頃。
まだ父親は現役で社長をしていたが、後を継ぐのはそう遠くない
未来だったので、俺は必死で仕事を覚えていた。
シュウも仕事を覚える傍ら、自分が一番望んでいた宿の経営も
抱えており、俺達はたまに電話で連絡を取り合う位なもので、
前の様に一緒にいる事がほとんどなくなっていた。
ソウは大学に通いながら既に会社にも顔を出していたので、時々
楽しそうに仕事をしている様子を垣間見ることはあったが、仕事で
追われていた俺は、ソウと言葉を交わす事はほとんどなかった。
だからソウが大学でどうやって過ごしているのかも全く知らなかった
し、シュウも大学卒業と同時に実家を出ていたので、わからないよう
だった。
ただ、たまたまシュウの宿で酒を酌み交わした時に、
『ソウに付き合っている人がいるらしいのですが、今までと
違って全く実家に連れて来ないようなのですよ。』
とシュウが苦笑しながら言っていて、俺はそれに
『変なオンナに捕まってなきゃいいけどな』
と返していた。
それまでソウは付き合っている子を家に連れてくる方だったので、
俺もシュウもほとんど心配をした事がなかったのだが、その時に
限ってソウは相手の人物を一度も連れて来なかった。
その上今までなら付き合っている子についてシュウが聞けば
結構素直に答えていたのに、いくら聞いても全く答えようとは
しなかったらしい。
葛城家は元々オープンな家だから、よっぽどでなければ付き合いを
反対する事などないのだが、それでも一切その相手に触れようと
しないソウに、シュウは少し心配し始めていた。
俺も当然心配でたまらなかったが、陰でこそこそ調べまわるのも
変な話だし、何より俺はソウにとってただの兄の親友でしかない。
たとえどんな人と付き合っていたとしても、俺には口を出す権利など
ないのだから、と必死で自分に言い聞かせて過ごしていた。
ソウが付き合っていた相手を知ったのは、俺が27歳、ソウが
22歳の時だった。
その日俺とシュウは休みがかぶったので、久々に休業中の宿を
訪れ、気の早い蝉の鳴き声を聞きながらいつもの離れで酒を
飲んでいた。
その時本館から転送されて来た電話が鳴る。
宿が休みの間、問い合わせや宿泊の申し込みなどは管理をして
くれている長野(ナガノ)さんが一手に引き受けてくれていたし、
会社の用事なら携帯に直接かかってくるので、わざわざ離れに
まで電話が回ってくる事は滅多になかった。
一体何事だろうと、シュウがスピーカー受話で受けた電話の
相手は警察だった。
仕事で海外に行っているカツラギソウの両親が不在だったので、
兄であるシュウに電話をかけたと警察は言う。
何があったのかと聞くシュウに、カツラギソウと思われる人物が
保護されたので、確認して欲しいという内容だった。
詳しい事は警察に来て身元を確認してからという事で、俺達は
慌てて準備をし、ナガノさんに車を出してくれるよう頼んだ。
指定された警察署に着いたものの、そこにはソウがいなかった。
『ソウはどこだ!』と息巻く俺をシュウが止め、俺を親戚だと
言い訳してから事情説明を求めた。
それを見て、実の兄であるシュウより俺の方が冷静でなければ
ならないと思い返し、黙って警察の話を聞く事にする。
雑多な部屋に通された俺達は、目を閉じた顔だけの写真を数枚
見せられ、それがソウだと確認した。
そしてその後警察が話し始めたのは、俺もシュウも想像を絶する
内容だった。