会議が終わりに近付き、進行役から『最後、ナカヤマ社長……』と
言われ、俺が発言の為に立ち上がろうとした時だった。

「その人選の件については私の方から直接ナカヤマに話をするから。
 ナカヤマ、会議が終わり次第私の部屋へ。」

ソウが突然俺の方も見ずに口を開いた。
俺は浮かせた腰をそのまま落とし、取り合えず、はい、とだけ答える。
シュウが片眉を上げてチラッとソウと俺を見たが、そのまま何も言わず
また書類に目を落とす。
今回の人選は俺がそれなりに自信を持っている結果だ。
何か問題でもあるのか?
何だかよくわからないまま、俺も自分の書類に目を落とした。


会議が終わり、社長と副社長が退席後、俺は言われた通り
副社長室を目指す。
すると先に会議室を後にしていたシュウが扉の外で俺を待っており、
俺の横を一緒に歩きながら話しかけてきた。

「ナカヤマさんが提出してきた人選に関しては、私も副社長も
 既に納得済みです。
 私はこの後会社を出てしまうので、もし何かあればいつでも
 連絡してください。」

「わかりました。携帯でよろしいですか?」

「そうですね。じゃあ頼みます。」

そう言って一瞬心配そうな視線を俺に向けてから、下行きの
エレベーターに乗って行った。
会社では俺はシュウを『カツラギ社長』と呼び、シュウは
『ナカヤマさん』と呼ぶ。
いくら幼馴染とは言っても、会社での立場もあるからそれは当然。

シュウはきっと、ソウに呼び出された俺を心配してくれたのだろう。
俺とソウの間に何があるかシュウに話した事は一度も無いが
勘の鋭いシュウが気付いている事はわかっている。
だがそれでも俺はこれから先も、誰にもこの思いを話す事は
ないだろう。


「失礼します。」

ノックをしてから副社長室の扉を開けて中に入り、扉を閉めてから
入り口のすぐ側に立つ。
ソウは何も言わず、俺の方を見る事もなく、正面に置かれた茶色の
大きなデスクでカタカタとPCのキーボードを叩き続けていた。
俺はそのままただ立ち尽くしながら、黙ってソウを見る。


二人で会うのは……2週間振りか。
呼び出された時だけあのホテルで過ごす、10年前から続いてきた
不毛な関係。
いきなり携帯に電話をかけて来て、俺が『もしもし』という間も無く
『いつもの場所で』と一言だけ告げて切れる呼び出し電話。
そして俺は、どんな時でも電話を切るなりまっすぐいつもの
ホテルに向かう。

何の為にその時間を持つのかと聞かれれば、はっきりとした答えを
返す事は、きっと俺にもソウにも出来ないだろう。
ソウが何故アイツの身代わりを俺に求めたのか、『コウ』という同じ
呼び名を持つという事以外俺にはわからないし、俺が何故何も言わず
黙って抱かれ続けるのかもソウはわからないだろう。
何故なら俺達は最初から無言だったから。
一言も言葉を交わす事はなく、顔を合わせるなり激しいキスをして、
そのまま貪る様にセックスをする。
そして終わればまた言葉を交わす事無く、それぞれの帰路に着く。
ただそれだけの関係。それ以外には何も無い……


しばらくカタカタと響いていたキーボードの音が、ようやく止まった。
けれどソウは相変わらず俺の方は見ずに、PCの画面を眺めている。
一体何の為に俺を呼び出したのだろう、と考え始めた時

「来週、阪本(サカモト)の娘と見合いをするんだってな。」

と、突然ソウが口を開いた。

……何故それを?シュウにでさえまだ言っていないのに……

驚きのあまり何も口に出せずに黙っていると、相変わらずPCに目を
向けたまま更にソウが言葉を続けた。

「その態度ならサカモトの話は本当らしいな……わかった。
 もう仕事以外で呼び出す事は無いから安心して結婚しろ。
 用件はそれだけだ。」

そう言ってまたキーボードを叩き出す。
突然の展開に全く頭が付いていかず、そのままただ立ち尽くしている
俺に、あぁ忘れてた、と言って初めて目を向けると

「人選は問題ないからそのまま進めてくれ。」

とだけ言って、もう俺が存在しないかのようにPCを眺めている。
俺はそれを見ながらノロノロと頭を下げた後、扉を出て
副社長室を後にした。