| 26階にエレベーターが着いた所で一旦シュウと別れ、挨拶してくる 秘書室の連中に頷いて返しながら自分の社長室を目指す。
 部屋に入ると同時に俺の専属秘書である相川(アイカワ)が入って
 来た。
 まだ20代後半で若いながらもなかなか気のきく男で、俺はほとんどの
 事をこいつに任せていた。
 
今日は昼出勤だったので、これ以降の予定をアイカワが読み上げていく。
 まずは14時からの本社会議。
 以降17時に取引先との打ち合わせが入り、18時半から接待だ。
 シュウが社長を務めるこのK&Sグループは、流通からITから
 リサイクルまで、それこそ手がけていない物がない程様々な分野を
 網羅している。
 その中で俺の会社が受け持つ分野はフードビジネス。
 K&Sの中でも中核を占めると言っても過言ではないと自負している。
 昨今様々なフードビジネスが氾濫する中で、安価なチェーン店から
 超高級料理店まで、一つ一つを大事に育てあげて来ていた。
 このビルの最上階に入っている3店舗も全て俺が決めて、その
 どれもが成功を収めている。
 
「ナカヤマ社長、そろそろ会議の始まるお時間です。」 
「わかった。書類を出しておいてくれ。」 
アイカワにそう答えてから、デスクに乗っている別の書類に目を通した。
 これは現在俺が個人的に力を注ぎ込んでいる、創作料理店の企画。
 出来るだけコストを抑えた材料で、安価でありながら高級志向の
 客達を満足させるという、調理人の腕にかかっている難しい分野では
 あるが、俺はそれなりの目ぼしい人間を既に数人見付けてある。
 今日の本社会議ではその人選について最終決定をもらう事に
 なっていた。
 一通り目を通してから書類を持ち、会議室のある27階に向かった。
 会議室に入ると中には殆どの社長達が既に揃っており、俺を含めて
 総勢28名。
 これでもグループ全ての社長が揃ったわけではないのだが。
 自分の席に着き、用意されていたコーヒーを一口飲んだ所で
 社長であるシュウと副社長であるソウが入って来た。
 俺達より5歳年下のソウは、現在32歳。
 顔の造作はやはりシュウと似ている。
 眼鏡はかけておらず、黒い短髪で、背は俺と同じで179p。
 人好きのするシュウとは全く性格が違い、いつもどこかピリピリした
 緊張感を醸し出していて、実際笑う事もほとんどない。
 元々小さい時からクールなタイプではあったのだが、それでも
 昔は気を許した相手にならば結構色んな話もするし、時には
 冗談も言ったりするような感じだったのに。
 
今の様にほとんど表情を無くし、必要以上に人を寄せ付けないようになったのは、ソウが22歳の時のある出来事がきっかけだった。
 シュウは時と共に解決するしかないと見て見ぬ振りを通しているが
 あれから10年、あの時に深く傷付いてしまったソウの心は
 いまだに癒える事はない。
 そして長年ソウだけを見て来た俺は、その傷を癒してやれない
 自らの不甲斐無さの中で、10年もの間もがき続けていた。
 
 
 
       
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