翌朝俺達はキリシマさんの店を訪れ、取り合えず円く
収まった事を報告してお礼を言った。
すると『弟もきっと喜んでいるよ』と言って微笑んでくれ、
『私達の分まで幸せになるんだよ』と俺達の肩をポンと叩いた。
その気持ちに心から感謝しながら、また二人で遊びにおいでと
笑顔で送り出してくれるキリシマさんに頭を下げて店を後にする。

そしてそのままあの寺に行き、塔婆に水をかけてやってから
二人で手を合わせた。


……キリシマ教授、貴方は俺の身代わりをしながら
お兄さんを思い続けていたのですね。
何も知らず、一時は恨んだりして申し訳ありませんでした。
貴方がソウを支えてくれていた事に、今は心から感謝します。
また時々ソウと一緒に遊びに来ますから、どうぞ俺達を
見守ってくださいね。
貴方を愛し続けているお兄さんの傍で、どうか安らかに
お眠り下さい……


手を下ろして隣を見ると、ソウは感慨深げにしばらく塔婆を
見詰めた後、ゴソゴソと胸ポケットから何かを取り出し
俺の左手を持ち上げて掌にそれを乗せた。

なんだろうと思って自分の掌の上に乗っているソレを良く
見ると、色が褪せて端が少し捲れてはいたが、でも10年前、
俺が見舞いに行った時に確かにソウに渡した物。

……あの折鶴……

『早く宋(ソウ)の傷が治りますように』と書いた俺の祈り。
体の傷だけではなく、心の傷も治りますようにと祈った鶴。

まさかいまだにそんなモノを持っているとは思わなかった。
驚いてソウに視線を戻すと、幼い頃から何度も見惚れて来た
あの笑顔を浮かべて俺を見ている。

ソウに、昔の笑顔が戻って来た……

またソウの笑顔を見たいと願ってきた。
ソウの傷が癒えない限り、笑顔など見れないと知っていたから。
ソウの傷が癒えた時、俺が隣にいたいと祈って来た。
そして俺は今、間違いなく体も心もソウの隣にいる。
……俺の祈りは、どれもこれも全てが叶えられたようだ……

思わずポロリと涙が零れる。
これからはずっとずっとソウと一緒に笑いあっていきたい。
どんな事があっても、ソウの隣で生きていきたい……
その思いを込めて笑い返したが、泣き笑いの変な顔に
なってしまった。
するとソウが苦笑しながらポンポンと俺の頭を撫でる。
……ユヅキ君を宥めるシュウじゃないんだから……
そう思いながらも、俺は改めてあの苦しんだ10年が無駄では
なかったのだと心から思った。


その日の夜、シュウがユヅキ君を連れて俺のマンションに
遊びに来た。
本当は俺の見合いがある筈だったのだが、朝方まだ俺が
寝ている間にソウがシュウに電話をかけて経緯を話したらしく、
シュウが断ってしまっていた。
親会社の社長であるシュウから、突然電話がかかってきた
サカモト社長は、さぞかし吃驚したことだろう。
シュウは別の人を紹介すると約束したそうだが、それを知って
慌てて電話をかけて謝罪した俺に、『カツラギ副社長に話した時の
あの表情を見て、何か事情があって無理なのかもしれないと思って
いましたから』と笑ってくれた。


シュウが作って来てくれたつまみを4人でつつき、お茶を飲む
ユヅキ君以外の3人でビールを飲む。

「でもさ〜、当の本人である俺には何も言わず、勝手に
 見合いを断るのもどうかと思うぞ〜?」

俺の台詞に、向かいのソファに座るシュウが苦笑しながら答える。

「では、コウはお見合いがしたかったのですか?」

「ん〜、別に会ったからといって結婚しなきゃいけない訳じゃ
 ないだろ?結構綺麗な子だったし、人生経験として見合いって
 いうのを経験してみてもいいか……」

そこまで言った時、隣に座っているソウがいきなり俺の頭を
引き寄せてぶつかる様なキスをした後、絶対許さない、と呟き、
『じょ、冗談だって』と言うまで俺の頭を離さなかった。
それを見たシュウは吹き出した後爆笑し、シュウの隣に座っている
ユヅキ君は、頬を赤く染めながら少し気の毒そうに俺を見ている。

独占欲が強いのは、カツラギ兄弟の特徴だろうか……
そう思いながらも、やはり嫉妬してくれるのは少し嬉しかった。
まぁほどほどにしておかないと、カツラギ兄弟相手には
俺もユヅキ君も身が持たないだろうが。


しばらく4人で楽しく過ごした後、俺の家に泊まる事になっていた
ソウを残してシュウとユヅキ君が帰っていく。
二人がエレベーターに乗る手前で、俺はシュウに話し掛けた。

「……シュウ、色々ありがとな。
 お前がいてくれなかったら、今の俺は絶対無かったから。
 お前と親友でいられて、本当に良かった。」

そう言う俺に、シュウはフワッと微笑んでくる。

「私の方こそコウの親友と名乗らせて貰って、本当に
 ありがたく思っていますよ。
 ……どうか、手のかかる弟をよろしくお願いしますね。」

俺はシュウに笑い返し、エレベーターに乗り込んでいく二人に
ソウと二人で手を振った。


部屋に戻り、またソファに隣り合って一緒にコニャックを飲みながら、
気になっていた事をソウに聞いてみる事にした。

「なぁ一つ疑問なんだが、なんでいつもあのホテルだったんだ?
 俺が教授の身代わりじゃなかったなら、別にあそこじゃなくても
 良かっただろ?」

横からソウの顔を覗き込むと、バツの悪そうな顔をして目を逸らした。
そして小さい声でボソボソと言う。

「……俺の家は実家だから、いつも人が出入りしてるからダメだと
 思ったし、コウイチの家は勝手に上がりこめないと思ったし、
 かと言って男同士で入れるホテルなんて他に知らなかった
 から……」

俺は、はぁ〜、と溜息を吐いて持っていたグラスをテーブルに置き、
ボコッと軽くソウの頭を殴った。

「あのな〜、だったらソッチ系のホテルじゃなくて普通に
 ビジネスホテルとかで良かっただろ?
 なんでクールな顔してそんなとこばっかりヌケてるんだよ〜?
 おかげで余計教授の身代わりだと勘違いしただろうが。」

すると焦った様にソウもグラスをテーブルに置いて
俺に抱きついてきた。

「本当に悪かった。
 そんな事、全然考え付かなかった……」

まったく、と思いながらそのままの格好で『もう二度とあんな
ボロボロのホテルはごめんだからな?』と言うと、必死に頷いて
しがみついて来る。

「コウイチ……本当に悪かった……
 謝るから、だから他を見るな……俺だけを見てくれ……」

あの少しだけスパイシーな香りに包まれながら、
やれやれとその背中を抱き締め返した。

「当たり前だろ〜?
 俺はソウ以外に夢中になった奴なんていないんだからな?
 責任とって、今までの分までちゃんと俺を幸せにしてくれよ〜?」

その台詞を聞くと同時にソウは俺の体を少しだけ離し、嬉しそうに
またあの笑顔を浮かべながら頷く。
そして、そっと俺の唇にキスを落とした。


色んな事があった日々。
辛い事も苦しい事も沢山ありながら、それでもソウの隣に
いたいと祈り続けてきた日々。
だが俺の祈りは全て聞き届けられていた。

俺達の一歩は亀よりもノロい一歩だったかもしれない。
けれど確実にその一歩を踏み出せたから。
だからこれからも少しずつ進んでいこう。
お互いを見失わないよう、しっかりと名前を呼び合いながら……


− 完 −