相変わらず田舎の夜は真っ暗だ。
季節外れの朧月が足元の石畳をやんわりと照らし
その明かりと所々に置かれた灯籠(とうろう)を頼りに自分の泊まる
離れに向かう。
生暖かい空気が漂う中、うるさい位の虫の声が響き
俺はそれを聞きながらシュウ達のいる離れから一歩ずつ
遠ざかった。


シュウの宿に遊びに来るようになって、一体何年が経っただろう。
一緒に大学院を卒業してからだから……もう丸13年?
シュウが宿を休みにしている半年のうち、最低でも2回はこうやって
遊びに来て、昔話をしたり仕事の話をしては朝まで飲み明かした。
今まで二人以外に誰かがいた事は数回しかなく、そのどれもが
シュウの弟である宋(ソウ)だった。

今回初めてユヅキ君という、ソウ以外の人物と3人で過ごしている
わけだが、ユヅキ君が描いた門外不出という絵を見せられ
そしてシュウとユヅキ君の間に起こった事を小野さんから聞いた時は
空いた口が塞がらないほど驚いた。
二人が別れていた間、俺はしょっちゅうシュウと一緒に過ごしてきた
から、シュウに誰か好きな人が出来たんだろうとは思ってはいたが。

だがシュウは俺の知る限り男と付き合った事は無かったし、ましてや
俺のお気に入りの画家であるユヅキ君と付き合っているとは
夢にも思っていない。

29年も付き合ってきた親友である以上、その事に全く気付かなかった
のは少し残念だったが、元々俺達はそういう事を話す方ではないし、
それはそれでいいのだと思う。

今までどこか恋愛に関して冷めていたシュウが、そうやって本気で
愛せる人を見つけられた事が、俺は自分の事のように
心底嬉しかった。


足を止め、両脇にある手入れの行き届いた植え込みにそっと触れる。

……俺もシュウを見習って、そろそろ恋人でも作るかな……

そう思って自嘲気味に一人でクスッと笑った後、朧月を見上げる。
いい歳をして、恋人も何もないもんだ。
周りの同じ年代の奴らは、俺とシュウ以外みな結婚して
子供もいるというのに。

シュウの親は結婚に関しては何も言わないし、好きにすればいいと
言う。
事実個展の最終日、シュウは両親を連れてユヅキ君の個展を訪れ、
そのまま自分の恋人だと紹介した。
最初は驚いていたシュウの両親も、ユヅキ君の人柄と絵の才能に
えらく感激し、シュウをよろしくお願いします、と言っていた位だ。


俺は現在シュウが社長を務めるグループ会社で、傘下の一企業を
任されている。
なので親会社の社長であるシュウと副社長であるソウは俺の上司だし
シュウの父親は更にその上の会長でもあるわけだが、何せ葛城家と
いうのはちょっと変わっていて、そういう事に一切こだわらず、俺にも
俺の家族にもただの友人として接してくれる。
それに会長は大会社の跡取りである筈の息子が、宿をやりたいと
言おうが男の恋人を連れて来ようが、本人が幸せに自分の人生を
生きて行けばいいという持論の持ち主だ。
そういう事もあって、俺は葛城家の面々をとても尊敬しているし、
仕事にも誇りを持っている。

だからこそいい加減身を固め、落ち着いて会社に貢献しなければとは
思っていた。
それにシュウの親と違って、ごく一般的な感覚の持ち主である俺の
両親もそろそろうるさくなり始め、来週には俺と同じ、シュウの傘下の
社長をしている人の娘と見合いが決まっている。
だが……

朧月の中にソウの顔を重ね合わせて思い浮かべる。

……叶う筈のない、17年ものソウへの片思いを捨てきれずに
そのうちの10年間を、俺と同じ『コウ』という人間の
身代わりとしてソウに抱かれ続けて来た。
それでもまだ懲りずに、いつまでも奇跡が起こる事を
祈り続けずにはいられない俺に、家庭を持って幸せに暮らす事など
出来るのだろうか……