ポチャン……ポチャン……
水道の締りが悪い風呂で、シャワーヘッドから水滴の落ちる音が
響いている。
スタンドの電気さえも切れている安普請のホテルの一室で、
その水音を聞きながら目の前の男に抱かれ
一刻も早く俺の中から出て行って欲しいと心の中で涙を流す。
相手は俺と同じ呼び名の、だが違う人物の呼び名を囁きながら
この体を貫き、俺は出来るだけ喘ぎ声を漏らさないよう
気をつけながら、自分の腹に白濁液を吐き出す。
数え切れない位この男と重ねてきた関係。
自分の求める相手ではないとわかりながら俺を抱き続ける男と、
身代わりは嫌だと心で泣きながらもその男に抱かれ続ける俺。
こんな時間が不毛だという事は良くわかっているのに
こんな事をもう10年も続けている。
薄っぺらいカーテン越しに入る月の明かりだけが
激しく交わる二人の男達をぼんやりと照らし出していた……
****************
「いや〜、さすがにあの絵を見た時は驚いたよ。
まさか宗(シュウ)と柚月(ユヅキ)君が付き合っていたなんて
夢にも思わなかったからね〜」
風景画家である木下柚月(キノシタユヅキ)君の個展が無事に
終了した後、小学生からの親友である葛城宗(カツラギシュウ)が
営んでいる宿『月影』の離れで、俺、中山紘一(ナカヤマコウイチ)と
シュウが酒を酌み交わし、シュウの恋人でもあるユヅキ君がシュウの
隣でお茶を飲みながら微笑む。
小野さんから二人の話は聞いていたので、俺は素直な感想を
言った。
「実質そのほとんどは別れていたわけですからね。
コウに話したのはいいが、ユヅキさんが私の所に戻って
来なかったら、さすがに格好悪いでしょう?
それにそんな話をしたら、コウの事だから、ユヅキさんを画家として
見る以上の興味を持つでしょうし。
いくらコウでもそれは許せませんでしたからね。
ただでさえコウは触り魔ですから。」
「おいおい、触り魔って、人を変態みたいに言うなよ〜。
スキンシップは大事だろう?」
「確かに大事ですけど、スキンシップがしたいなら
他の人としてください。
ユヅキさんに触るのは絶対許しませんよ。」
「ユヅキ君、29年来の親友に、あまりにもひどい言いようだと
思わないか?」
俺が話かけると、ユヅキ君が微笑みながら言う。
「シュウさんとナカヤマさんは本当に仲が良いんですね。」
「……いや、ユヅキ君、今の話聞いてた?」
「あの、もちろん聞いてましたけど……
お互いに遠慮なく何でも言い合えるっていいなって……」
ユヅキ君がそう言うと、シュウがユヅキ君の方に身を乗り出して
意地悪く言う。
「……ユヅキさん、私には遠慮して何も言えないのですか?」
「えっ?あ!いえ、そういう事じゃなくて、シュ、シュウさんには
何でも言えるんですけど……」
「けど、何?ユヅキ……?」
シュウの口調が変わると同時に一瞬でユヅキ君が首まで赤くなり、
あの、あの、とどもり始める。
シュウは元々怒った時だけ口調が変わるんだが、ユヅキ君と一緒に
いる姿を見るようになって、イジメモードに入った時も変わるという事
を知った。
……全くシュウは二重人格なんだから。
「お〜い。俺の存在を忘れてないか〜?
イチャつくなら俺は自分の離れに戻るぞ〜?」
俺がそう言うと
「い、いえ、そんな事……」
「悪いね、コウ」
二人が同時に返してくる。
「はいはい、勝手にイチャついてくれ。
シュウ、明日8時にはここを出ないと午後の会議に間に合わない
からな。
くれぐれもユヅキ君に無理させすぎるなよ?」
「ナ、ナカヤマさん、ちょっと待って……」
「わかってますよ。お休み、コウ。
……さぁ、話の続きをしましょうか。ユ・ヅ・キ……?」
ユヅキ君が真っ赤になってシュウから逃れようと必死になる。
それをあっという間に捕まえて、シュウはユヅキ君を自分の膝の上に
座らせた。
その様子を横目で見て笑いながら、俺は腰をあげて
自分の泊まる離れに向かった。