月に照らし出され、俺に頭を下げたまま肩を震わせて泣くソウを、
俺は少しの間黙って見詰めていた。
俺の後を、いつも必死で追いかけて来たソウ。
一緒にジャングルジムから落ちた時、自分の方がひどい
怪我だったのに、必死で泣くのを我慢しながら懸命に俺の頭を
撫でて『大丈夫』と言い聞かせてくれたソウ。
俺が付き合っている女の子を初めてシュウの家に連れて
行った時、その子が怯えて泣き出すほど睨み続けていた
ソウ……
振り返ってみれば、どれもこれもソウが俺を思ってくれる
気持ちが溢れていた筈なのに、俺はあえてそこから目を
逸らし続けてきたのかもしれない。
ソウが俺を好きである筈が無いと。
ソウが俺を愛してくれる筈が無いと。
……キリシマさんはソウを不器用だと言ったけれど、
俺もソウに負けず劣らず不器用なのかもしれない。
心の中でクスッと笑い、ゆっくりと立ち上がってソウの
目の前に近付いた。
「……ソウ。
俺は教授の身代わりだろうと思いながらお前に抱かれる事が
辛かった。
お前が『コウ』と囁く度に、俺の先に教授を思っているのだろうと
思いながら過ごしてきたこの10年は、本当に辛かった。
けれどそれでも俺は、お前の傷を癒してやりたかった。
お前の傷が癒えた時、お前の隣にいたいと祈り続けてきた。
お前に笑顔を取り戻してほしいと願い続けてきた。
何故だかわかるか?」
ソウははじかれた様に顔を上げ、涙を流したまま目を見開いて
俺を見ていた。
俺は両手を伸ばしてその涙を親指で拭ってやりながら、自分の
頬にも涙が流れていくのを感じた。
あんなに泣く場所などないと嘆きながら、ただ唇を噛む事しか
出来なかったのに、今は何年分かもわからない程次から次へと
涙が溢れ出す。
「……お前が好きだったからだ。
『束縛されたくない』と言い訳をして、ずっとお前を
好きだった気持ちを必死で隠しながらも、お前の傍に
いたかったからだ。
身代わりでもなんでも、どんな形でもいいから、
ずっとソウの隣にいたかった……」
言い終わるのと同時にソウは俺を思いきり抱き締めた。
「……悪かった……本当に申し訳なかった……
いつもコウイチに謝りたかった。
いつもコウイチに愛していると言いたかった。
勇気が無くてごめん。
自分勝手でごめん。
沢山傷付けてごめん。
こんな俺がコウイチの傍にいる資格などないと
わかっている。
……だがそれでも……コウイチを愛してる……」
俺の肩に顔を埋めて声をあげながら泣き、必死で俺に
しがみついてくるソウの頭を撫でてやる。
もっと早くに自分の気持ちを言葉にしていれば良かった
のに、俺達はお互いにお互いを失う事を恐れるあまり、
無言を通してきた。
それゆえ辛い事だらけの日々だった。
それゆえ苦しい事だらけの日々だった。
数え切れない程の遠回りもした。
けれど。
ソウの祈りは叶い、そして俺の祈りもどうやら届きそうだ……
ソウの顔を両手で挟み、その顔を引き寄せて唇を合わせる。
久々のキスは、お互いの涙で少し塩辛い味がした。
俺はソウと唇を合わせたままそっと目を開ける。
そして俺達の祈りを聞き届けてくれていた、涙で滲む月を
見上げながら 『ありがとう』 と心の中で感謝の言葉を捧げた。