助手席側のドアを開けてくれたソウに促されるままシートに座り、
シートベルトを締め終わるのと同時にソウが運転席に乗り込んで
来た。そしてそのまま俺の方に身を乗り出し、一度シートベルトを
確認する。
俺はまた一瞬ソウの香りに包まれた。
そして俺がその香りをそっと堪能している間に、流れるような動作で
自分もシートベルトを締め、アクセルを踏み込んだ。
普段はオープンで走らせているのだが、今日はルーフが閉じられて
いてさわやかな風が直接顔に当たる事はない。
だがその分久々に過ごすソウと二人きりの空間を、俺は戸惑い
ながらも少しだけ嬉しく思った。
ソウが運転する車に揺られながらキリシマさんとの会話を振り返る。
だがあまりにも沢山の情報が一気に入り過ぎたせいで、頭の中を整理
するには大分時間がかかりそうだ。
何をどう受け取っていいのだか全然わからなくなっていて、黙って
窓の外に流れる景色を見続ける。
すると同じく無言だったソウが、おもむろにFMラジオのスイッチを
入れた。
内容からして洋楽の懐メロ番組らしく、俺達が子供の頃よく聞いていた
歌が次から次へと流れている。
洋楽好きな会長の影響で、よくカツラギ兄弟と3人で歌ったり踊ったり
したものだ。
なんだか懐かしいな、と横に座っているソウに少しだけ目を向けると、
レッドウッドの本革巻ステアリングを両手で軽く握り、歌に合わせて
指でリズムを取っている。
それを見ていると、何だか昔に戻ったようで俄かに嬉しくなった。
何年かぶりに二人の間に訪れた穏やかな時間。
車が一体どこに向かって走っているのかはわからない。
何故ソウがここに来たのかも、キリシマさんの話も
わからない事だらけだ。
だからソウに聞きたい事は沢山あったし、流れからいっても
これから俺はソウと話をしなければならないのだろう。
キリシマさんの話だけを聞いていると思わず淡い期待を寄せて
しまいそうにはなるが、もしそれすら単なる俺の勘違いだったと
したら、きっと俺はもう二度と立ち直れなくなる。
だから期待はしない。
けれど今だけでいい。
今だけでいいから、もう少しだけこの穏やかな時間に
ソウと二人で包まれていたい……
心の中で密かに願いながら、ソウが指で刻むリズムに合わせて
小声で歌を歌い続けた。
****************
しばらくして、周りの景色が次第に見慣れた風景に変わってきた。
……まさか……
だが俺の予想に反する事無く、周りは13年も前から見続けて来た
景色に移っていき、そして車はシュウの宿『月影』の駐車場に
停まった。
ソウは助手席のドアを開けて俺が降りたのを確認してから、
スタスタと本館に向かって行く。
何故ここに来たのだろう?
疑問に思いながらソウの後について行った。
本館の入り口にはシュウが社長業の間宿の管理をしている
ナガノさんがいて、ソウと何やら話している。
俺がそちらに近付き、こんにちは、と挨拶すると、笑顔で挨拶を
返してきた。
「シュウ様に言われた通り、離れにちょっとしたおつまみとお酒の
準備をしてありますので、食べ終わった食器類はそのままにして
おいて下さい。
明日私が来てから片付けますので。
それではソウ様、後をよろしくお願いいたします。」
ナガノさんはそう言いながら頭を下げて帰って行った。
……シュウに言われた通り?
あまりにもわからない事の連続で、俺の頭はすっかり飽和状態だ。
ソウが俺の二の腕を掴んで、自分の方に引き寄せながら歩き始めた。
それに驚く事すら忘れ、そのままソウに腕を引かれる。
茜色に染まり始めた空の下、石畳を一歩ずつ踏みしめながら
二人並んで離れに向かう。
長く伸びる二人の影が、少しだけ寄り添っているように見えた。