10月3日月曜日


「やぁ、また会ったね。今日はどうだい?」

「……ごめんなさい。」

「そっか……ねぇハシモト君、その友達って本当にただの友達なの?」

「え?」

いつもの購買で声をかけて来たのはヨシナガ先輩。
以前ここで会った時から毎日声をかけられて、その度にお昼を
一緒に食べようと誘われていた。
当然僕はツカサ君と一緒に過ごす為に断るんだけど、何故か
先輩は諦めてくれずに毎日同じ会話を繰り返している。
でもなんで今日に限ってそんな事を聞いて来たんだろう?

「最近特別隊の子達と一緒にお昼を食べていないよね?」

「……なんでそんな事……?」

「何故僕が知っているかって?
 それぐらいの情報はこの学園の大半の人が知っているんじゃない?
 ハシモト君には自覚がないのかもしれないけど、君の動きはどんな
 事でも噂になる。
 学祭では白雪姫じゃなくて、大道具に真っ先に立候補したんだって?
 君の白雪姫が見たかったって、みんな残念がっているよ?
 もちろん僕も残念だったけど、君のかわいい姿を、これ以上大勢の
 人に晒したくないからいいんだけどね。」

そう言ってヨシナガ先輩は僕に微笑む。
だけど、その目が全然笑っていない。
それにその目の奥に、何か嫌な陰が見えるのは気のせい……?

「まぁ今日の所は諦めるよ。
 でもそのうち、その友達よりも僕を優先させてみせるからね。」

ヨシナガ先輩はそう言った後、購買で何も買わずに踵を返して
どこかへ行ってしまった。
僕は何が何だかわからないまま、ただただ呆然とその背中を
見送っていた。


しばらくして周りの人達が僕を見ている事に気が付き、ようやく
我に返った僕は慌てて屋上に向かう。
いつもより遅かった僕に怪訝な顔をしたツカサ君には、購買が
すごく混んでたんだ、と言い訳をした。

本当は今日は僕が膝枕をしてあげる番だったんだけど、先週の
金曜日は雨が降り、おまけに昼休みは学祭の打ち合わせをした
ので、屋上にくる事が出来なかった。
だから今は僕がツカサ君の温かい脚に頭を乗せ、仰向けになって
目を閉じている。
でもさっきの先輩との会話が頭から離れず、なかなかいつも
みたいに眠りが訪れてはくれない。


僕の動きがどんな事でも噂になるって先輩は言っていたけど、
今までそんな風に意識した事は一度も無かった。
でも振り返ってみれば、朝下駄箱で真新しい上靴に履き替えて
教室に着くと、既にクラスメイトの半分以上はその事を知って
いたり、昼休みに呼び出されて告白を断った事を、その日の
部活に行った時に既に後輩達が知っていたりする様な事は
沢山あった。

……みんな好意的に見てくれてるんだろうし、それはすごく
ありがたいと思ってる。
だからこんな風に考えちゃいけないんだろうけど、でもヨシナガ
先輩の言葉を思い出すと、何だかいつでも誰かに監視されている
ようでちょっと怖い……


言い知れぬ不安な気持ちがまとわりついて来て、思わずコロリと
寝返りを打ってツカサ君の体の方に顔を寄せて丸まり、大きな
学ランの裾をギュッと握った。
すると少ししてからツカサ君の大きな手が僕の頭に置かれ、
何度も何度も撫でてくれる。
僕の頭ぐらいすっぽり掴めてしまうんじゃないかと思う位
大きな大きなごつめの手なのに、その動きはすごく優しい。
そしていつも通りの穏やかで安心出来る空気の中、どんどん
ツカサ君の温かさが身にしみて来る。

目を瞑ったまま、大きく包み込まれているような安心感に
浸っているうちに、自然と先程までの不安が消えていった。
だけど代わりに照れ臭い気持ちと恥ずかしい気持ちが湧き
上がって来てしまう。
でも掴んでいたツカサ君の学ランの裾を離す気にはどうしても
なれなくて、顔を隠すように俯きながら、少しだけ遠慮がちに
持ち方を変えてみた。
ツカサ君は何も言わず、変わらずにゆっくりと僕の頭を撫でて
くれている。
トントントントン……
僕の心臓の音が少しだけいつもより速めに響いていた。

いつも安心させてくれてありがとうって、ツカサ君が好きだって
言いたいな……

そう思ったんだけど、でもやっぱりまだ勇気の出ない僕は何も
言えず、ただツカサ君の学ランの裾をちょっとだけ掴んだまま
ようやく眠りについた。