10月5日水曜日


あの屋上に通い始めて3週間を越した。
けれど、僕はいまだにツカサ君について何一つ知らない。
色々聞いてみたいことはあった。
単純に好きなテレビ番組や好きな歌とかもそうだし、何故クラスに
溶け込もうとしないのか、彼女がいるのか。
そして僕と一緒に過ごすあの時間をどう思っているのか……

何度も聞いてみようとは思ったのだけど、やっぱりいざとなると
口を開く事が出来なかった。
あの透明な瞳で真っ直ぐ見詰められると、どうしても恥ずかしくて
目を逸らしてしまい、うまく言葉が出てこない。
それに一度口を開いてしまえば、今保っている微妙なバランスが
崩れてしまう気がした。
そうなれば二人の間の不思議な関係が壊れてしまいそうで怖かった。

でも、こんな関係がいつまでも続く筈がない事はわかってる。
季節は間違いなく冬に向かっているのだから、寒くなれば
屋上に通う日々も終わり。
そうなってしまえば、僕とツカサ君の間に続いて来た不思議な関係
という魔法も解けてしまうだろう。
そうなったら僕達はどうなるのかな。
……まるで屋上での時間がなかったかのように、ただの
クラスメイトに戻るの?

……そんなのは嫌だ。
だから自分の気持ちを言わなきゃって、ツカサ君が僕の事を
どう思っているのかわかんないけど、それでも僕はツカサ君が
好きだって伝えたいのに……どうしても怖い。

それを口にしてしまえば、自分であの時間を終わらせる事に
なるかもしれない。
男同士なのに気持ち悪いと思われるかもしれない。
男子校という、この特殊な環境に影響されただけかもしれない。
この学園を卒業したら、僕の事なんて忘れられてしまうかも
しれない……

今ではそんな事ばかりを朝から晩までぐるぐると考えていた。


放課後、部活の前に学祭の打ち合わせをしていた。
大道具の担当は8人。
その内大道具の責任者をヒビキがやっている。
ヒビキやツカサ君に指示を出すなんて出来ないと、他の人達に
僕が泣きつかれて、実は結構統率力のあるヒビキに頼んだんだ。

「ミナセ、ペンキの手配は終わったか」

「あぁ。」

「シノブ、ベニヤ板は?」

「OKだよ〜。倉庫に運んでもらってあるって、さっき
 ミウラ先生が言ってたから。」

その後ヒビキは次々とそれぞれに与えられた仕事の確認をしていく。
ヒビキのおかげでうちの大道具では全ての事がスムーズに運んでいた。
それぞれ揃える物を分担してあったので、今日はそれを確認してから
製作の第1歩に入る事になっている。

「シノブ、ベニヤ板を持って来れるか?
 一人じゃ大変だからミナセ、手伝ってやってくれ。」

「りょうか〜い」

そう言って立ち上がると、ツカサ君も一緒に立ち上がる。
そして僕達は一緒に倉庫に向かった。
倉庫はグラウンドの手前にある。
だから一旦外に出なきゃいけないので、二人で靴を履き替えて
外に出た。

今は太陽が後ろから照り付けて来ているので、僕の前には長く
大きな影が伸びている。
でもそれは僕の真後ろを黙々と歩いているツカサ君の影だった。
僕の影なんかツカサ君の影の中にスッポリ納まっていて、
改めて僕達の大きさの違いを感じる。
でも、その事にすらツカサ君に守ってもらっているようで嬉しく
なってしまう僕は、相当頭がおかしいのかもしれない。
だけどあの屋上以外で二人でいられるのは初めてだし、
少しだけ緊張しつつもすごく浮かれてしまって、気が付いた
時には勝手にスキップをしていた。


倉庫に着いて、よいしょっ、と扉を開けると、中には色んな
物が詰め込まれていた。
この中からうちのクラスの分を探すのは大変そうだな〜……
……と一瞬思ったのに、ベニヤ板はすぐに見付かった。
何故なら『2年A組』というシールを貼られたそのベニヤ板が
バカみたいに大きくて目立っていたから。

「もぅ〜〜っ!!
 ミウラ先生の感覚ってどうなってるの〜?!
 確かに出来るだけ大きいのって頼んだけど、これじゃあ
 担当の僕が教室に運べないよ〜!」

こんなのを持って歩いたら全く前なんか見えない。
はぁ〜と溜息を吐いていると、ツカサ君がそのうちの2枚を
ひょいと持ち上げた。

「取り合えず2枚位このまま持って行けば大きいのに使える。
 これは俺が運ぶから。
 それ以外のはその都度必要な分ここで切ってから運べばいいし、
 このまま必要ならまた俺が運ぶ。」

その様子をぽかーんと見ていた僕は、ツカサ君の台詞に慌てて
『ありがと!』と笑い返して、その後は教室に戻るまでの間
戸を開けたり、ツカサ君の上靴を出して外靴をしまったり、
前後に気をつけたりしながらツカサ君のサポート(?)をした。
さすがにこのベニヤ板を見たヒビキも最初は驚いていたけど、
それで背景の木が作れると喜んでくれたのでホッとした。


それにしても作業を始めてから、つくづく自分の考えなさを呪う。
今回の学祭では絶対裏方と決めていたから、思わず一番最初に名前の
あがった大道具に立候補したものの、父子家庭のおかげで必然的に
身についた料理以外、実は何かを作ったりするのってすごく苦手で、
まわりのみんなに迷惑かけっぱなしだった。
でもひたすら謝る僕に他の人達は笑って許してくれて、ヒビキは
『だから俺も大道具にしたんだろ?』って言ってくれたし、僕が
困っている時はツカサ君が手伝ってくれた。

学祭まで残り23日。
いつも僕の味方をしてくれるヒビキや、その後も悪戦苦闘する
僕を、色んな場面で黙って助けてくれるツカサ君の為にも、
下手は下手なりに頑張ろうっ!