9月27日火曜日
昼休み。
鐘が鳴るのと同時にいつも通りツカサ君が出て行き、僕も購買に
向かう為に教室を出る。
そしてパンを買う為に並んでいた時、後ろから肩を叩かれた。
振り向いてみると、この前図書室前で告白された3年生。
「あ、こんにちは〜」
取り合えず挨拶すると、『やぁ』と言いながら笑いかけられる。
「ハシモト君は今日は何を買うの?僕も同じの買おうかな?」
……こういう時って何て返せばいいのかな?
「あの、僕は残ってるパンの中から適当に買うんで、先輩は
好きなの買って下さい。」
名前は忘れてしまったので『先輩』とだけ呼んだんだけど、それと
同時に『先輩』の瞳が少し曇った。
「ハシモト君、僕の名前は吉永秀明(ヨシナガヒデアキ)だよ?
名前ぐらいは覚えていて欲しかったな。
……まぁいいよ。もし良ければお昼一緒に食べないか?」
「ご、ごめんなさい。ヨシナガ先輩。
あの、でも僕友達と一緒に食べるんで、申し訳ないですけど……」
「……ふ〜ん、そっか。
じゃあまた機会があればね。」
丁度その時僕の番が来たので、いつも通りカツサンドとコロッケパンと
牛乳を買い、いまだに僕を見続けているヨシナガ先輩に頭を下げてから
そそくさとその場を後にした。
小走りで屋上に向かい、給水塔の方を振り返ってツカサ君の顔を
見た瞬間に何故だかホッとしてしまった。
今までだって僕に告白してくれた人と、その後に話したりする
なんてしょっちゅうある事だったのに。
何だかヨシナガ先輩の目を見ているうちに、無性によくわかんない
不安が湧き上がって来て、今すぐツカサ君の顔が見たくなっていた。
梯子をのぼり、いつもの場所に腰を落ち着けた所でツカサ君が
口を開く。
「何かあったか?」
「えっ?!なんで?」
「走って来たみたいだから……」
「べ、別に何もないよ?
でもどうして僕が走って来たってわかったの?」
これでも屋上の扉を開ける前に、少し呼吸を落ち着かせたつもり
だったんだけど……
するとツカサ君はクスッと笑って答える。
「……何もないならいいけど。
ハシモトは体は小さいけど動きが派手だから。
階段を駆け上ってくる音がここまで聞こえた。」
「え〜?!ホントに〜?!」
恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまう。
そんなに僕ってうるさいのかな〜?
そう思って下を向いていると、ポンポンと宥めるように肩を叩かれた。
さっき同じ様に先輩に叩かれた時は何とも思わなかったのに、
相手がツカサ君だというだけで触れられたその場所と胸が
一気に熱くなる。
そしてさっきまでの不安が嘘の様に消えて無くなり、代わりに
安心感が流れ込んで来た。
それがすっごく嬉しくて、ツカサ君に思いっきり笑い返しながら
やっぱりこれが人を好きになるっていう事なんだと確信していた。
今日は僕が膝枕をしてあげる番。
コンクリートの壁に寄りかかって足を伸ばしてから腿を叩くと、
少し微笑んでから仰向けに頭を乗せてあくびをしている。
下から真っ直ぐに見上げてくる、あくびのせいで少しだけ潤んだ
透明な瞳に見詰められ、思わず恥ずかしくなって目を逸らして
しまうけれど、でもやっぱりこの瞳が好きだと、言葉数は少なく
てもこの人の持つ空気が好きだと、改めて思った。
「……頬が赤い……」
ツカサ君は眠そうに小さく言いながら、大きな右手を伸ばして
僕の頬を軽く撫でた。
そして心臓が跳ね上がってうろたえる僕をよそに、そのまま目を閉じ、
すぐに寝息を立て始める。
ハスキーな低い声が耳に残り、ツカサ君の手の感触もいまだに頬に
残ったまま。
高い空。秋の薄く細長い雲が浮かんでいる。
昼休み中だから校舎内からはガヤガヤという声が聞こえて
いるけど、屋上だけはまるで音が止まっているかのようだった。
そんな中、僕の心臓の音だけが大きく響いている。
でも、それでも二人でこうやって過ごす時間はすごく穏やかで、
ツカサ君の持っている、安心出来る空気に包み込まれていた。
寝息をもう一度確認してからそっと髪に触れてみる。
整髪料でガチガチに固められているのかと思っていたその髪は
意外にも柔らかく、僕がいじるのにあわせて少しずつその形を
変えていく。
もっと触っていたい気分になるけれど、髪型が変わって触って
いたのがバレたら困るのでその辺で止め、それ以降はただ黙って
寝顔を見詰め続けた。
軽くも重くもないその頭をすっかり僕の脚に預け、そしてこうやって
眠ってくれるって事は、少しは気を許してくれてるのかな……?
そうだったらすごく嬉しい。
でも、もしかしてツカサ君は元々こういう事をするのに抵抗が
ないだけ……?
ううん、ツカサ君はそんな人じゃない……と思うけど……
ツカサ君について思いをめぐらせる度に胸がドキドキしたり痛んだり、
次々と揺れ動く僕の心。
なんで何も知らないツカサ君の事が好きなのか、自分でもわかんない。
だけど以前カナデが、人を好きになるのは理屈じゃないって言ってた。
気が付いたらヒビキだけを見ていて、気が付いたらヒビキの事だけ
考えちゃってるんだ、と苦笑しながら。
今になって、あの時カナデが言っていた意味がようやくわかった。
だって、僕は気が付いたらツカサ君を見ていて、気が付いたら
ツカサ君の事だけ考えちゃってるから。
これが『好きだと思う気持ち』なら、今まで僕を好きだと言って
くれた人達は、みんな僕に対してそう思ってくれていたのかも
しれない。
何もわからず何も知ろうともせず、ただ通り一遍に断り続けて
しまって申し訳なかったかな。
もう少し誠実に断ったほうが良かったのかも。
そんな事を考えていた時、ツカサ君が小さく身動きして僕の
体の方に寝返りを打って来た。
少し密着度が高くなってしまったような気がして、一度落ち着いて
いた心臓がまたドギマギし始めたんだけど、ツカサ君は相変わらず
気持ち良さそうに寝息を立てている。
その安心しきったような穏やかな顔を見ている内に、すごくすごく
好きだと思う気持ちが止められなくなった。
言葉で好きだと伝える勇気はまだないけれど……
でも……ツカサ君が……好き……
僕は思いっきり背中を丸め、そっとそのこめかみに触れるか
触れないかのキスをした。