僕が教室に滑り込んだのは5時間目の始業の鐘と同時だった。
ツカサ君は既に自分の席に座って教科書とかも準備していたので、
僕も慌てて次の授業の準備をする。
準備が終わってふと前の方を見ると、斜め前に座っているヒビキが
少しだけ心配そうに見ていたので、安心させる様に笑い返した時、
教科担任の先生が入って来た。
帰りのHRが終わって、ミウラ先生が出て行くのと同時に廊下側の
男の子に名前を呼ばれた。
『ハシモト〜、ご指名が入ってるぞ〜』と言われた言葉に教室の
後の方を振り向くと、見覚えのない人が入り口に立っている。
学ランの詰め襟部分に付けている、学年毎に色の違うバッジを見て、
青いバッジを付けているその人が3年生らしい事がわかった。
ちなみに1年生は緑で僕達は赤。
それを見て小さく溜息を吐いた後『今行きます』と返事をする。
部活が始まるから急がなきゃ。
手早く帰り支度をして、部室に荷物を持って行ってくれるという
ヒビキに『悪いけど頼むね』と言って荷物を預け、教室の後の方に
向かった。
その時ツカサ君と目が合ったんだけど、昼間、あの屋上で見せて
くれたような笑顔は欠片もなく、何の感情も表さないまますっと
視線を逸らされる。
チクリ
一瞬胸に痛みが走る。
あれ?なんだろ……?
でも僕はそれ以上考える事無く、ツカサ君の横を通り過ぎた。
「どんなご用件ですか?」
廊下で待っていたその人に話しかける。
「ここじゃ話し辛いから図書室まで付き合ってくれる?」
それに黙って頷いて後ろに付いていくと、
『ハシモトはみんなのモノだぞ〜!』とか
『はたしてシノブちゃんの【特別隊】に入れるでしょうかっ?』とか
あちこちで勝手な野次が飛んでいる。
【特別隊】とはヒビキとカナデとサトルの事らしい。
何故か最近になって、勝手にそう呼ばれるようになっていた。
初めてそれを知った時、僕のせいで変な名前を付けられちゃって
ごめんねと謝ると、3人とも笑って
ヒビキは『気にするな』と、
カナデは『シノブの特別なら嬉しいよ』と、
サトルは『特別隊の一員に、こっそりマサシも足しておいてくれ』と、
3人3様に言葉をかけてくれた。
僕の大事な大事な親友達……
野次はこの学園に入った時からずっと続いているんだけど、
2年も2学期になるというのに、やっぱりいまだに慣れる事が
出来ない。
僕は何度目かの溜息を吐きながら、足取り重く図書室に向かった。
「……一緒に登下校するとか、それ位でもいいんだけど?」
「すいません。やっぱり今は空手にしか興味ないし、
申し訳ないですけど……」
「……そう。
でもこれからは顔を合わせたら挨拶ぐらいしてもいいかな?」
「それぐらいなら……」
そんな会話を終えて、名前も覚えられない内にその人は
去って行った。
何度も何度も繰り返してきた同じ会話。
何で僕なんかがこんなに連日告白されたりラブレターをもらったり
するのか全然わかんない。
確かに悔しいけど童顔なのは自覚してるし背は160pしかないし、
おもちゃみたいだとはサトルに良く言われているけど。
でも、それでも僕だってれっきとした男だ。
いつかは彼女だって欲しいと思ってるし、少しでも背が伸びる
ように毎日頑張って牛乳も飲んでいる。
そういえば、ちょっと前サトルに言われた事があった。
これはあくまでも『男子校』という特殊な環境のせいだって。
この環境を抜ければ大抵の奴がまた通常にオンナを好きになる
んだから、シノブに好きな奴が出来るまでは、アイドルとして
夢を見させてやればいいじゃんって。
アイドルねぇ……
いたって普通の17歳の男だと思っている僕にとって、およそ
縁遠い言葉なんだけど……
それに正直な所、僕には誰かを好きだと思う気持ちがイマイチ
理解出来ない。
今まで、誰かを好きになったと自分で自覚した事は一度もなかった。
だから色々な人に告白とかしてもらっていても、それがどういう感覚
なのかよくわかっていないんだ。
もちろんヒビキ達の事は大好きなんだけど、その気持ちと、
ヒビキとカナデやサトルとヨドカワ先生の様に、1人だけが
特別だと思う気持ちがどう違うんだろ?
どうやってその人だけが特別って判断するのかな?
はぁ〜と小さく溜息を吐いた。
やっぱりサトルが言うように、僕はお子ちゃまなのかな。