サトルに教えてもらった場所につき、鉄の扉の取っ手をまわして
みると、意外にもすんなり開いてしまう。
あれ?鍵があいてる……
誰かいるのかな?と思ってそっと扉を開けてみるけど、一見誰の
人影も見当たらない。
そこでふと扉の斜め後ろにある給水塔を振り返ると……
10段程の梯子みたいなのがついたコンクリートの台座があって、
その上に錆びた古い給水塔がある。
そしてその給水塔に寄りかかりながら、コンクリートの壁との
間に足を投げ出してツカサ君が居眠りしていた。
真っ青に晴れ渡る空の下、ぽかぽかと暖かい陽気に包まれて気持ち
良さそうに寝ているツカサ君は、いつもよりずっと幼く見える。
……いつも昼休みはここにいたのかな……?
そう思いながら起こさないよう静かに梯子をよじ登り、あまり
広くはないその空間で、ツカサ君の足元の方のコンクリートの壁に
寄りかかりながらパンの包みを開く。
大好きなカツサンドとコロッケパンを次々と食べながら牛乳を飲み、
ぐるりと一通り周りを見渡してみた。
さすがに屋上だけあって遠くの方まで見える。
まだまだ鮮やかな緑色をした山並み。
手前に近付くにつれ、密集してくるごみごみした住宅地。
でもさすがにうちのマンションまではわかんないな〜。
近所にある女子校の星陵学園。
隣の図書館、僕達の道場、広いグラウンド。
そう言えば以前、サトルが授業中余所見をしていたせいで、大雨の中
ヨドカワ先生にグラウンドを走らされた事があったっけ。
思い出し笑いをしながら牛乳を飲み干し、ぷはぁ〜と言いながら
正面のツカサ君に目を向ける。
ツカサ君は全く僕に気が付く事無く、給水塔に頭と背中を預けて
身動き一つせずに寝ていた。
気持ち良さそう〜……
太陽に照らされた前髪が光に反射してキラキラ光り、初めてじっくり
見た少し長めの黒い睫毛が優しい影を落としている。
教室での、あの無口で少しだけ怖い印象とは違い、すっかり安心
しきったように眠っている顔はとても穏やかだった。
それを見ていると、何だか僕まで眠くなってしまう。
食べ終わったパンの袋を手早く片付けると、ふわぁ〜と欠伸をし、
ツカサ君の邪魔にならないようにその場のコンクリートの上で
横になって丸まる。
満腹感とポカポカ陽気の気持ち良さと、何だか安心出来る穏やかな
空気に包まれて、僕はすぐに意識を手放した。
……遠くから音楽が聞こえる……
不意に響き始めた音楽に、せっかく気持ちよく眠ってたのに〜、と
思いながらその音を止めようと、目を閉じたまま音の鳴っている
方に手を伸ばした。
すると何やらあたたかい物が手に触れる。
なんかベッドに置いてたっけ?
そう思いながらそれを掴んでみると、誰かの腕だった。
……ん?……腕……?
がばっと、慌ててその腕を掴んだまま起き上がった。
目の前には僕と同じ様に驚いている……ツカサ君の透明な瞳……
「わっっ!!ごめんねっっ!!」
忘れてたっ!僕、あのままツカサ君のそばで寝ちゃったんだっ!
真っ赤になりながら慌てて掴んでいた腕を放すと、ツカサ君は
何も言わずに胸ポケットから取り出した携帯を操作し、それと
同時に響いていた音楽も止まった。
きっとさっきの音はツカサ君がセットした携帯のアラーム
だったんだろう。
それを見ながら赤くなったままツカサ君の前に正座した。
「あのっ、たまにはお昼を違うとこで食べようかなって思って、
それで、えっと、屋上もいいな、とか思って来てみたら
ツカサ君が気持ち良さそうに寝てて、で、パン食べ終わって
ツカサ君見てたら、何だかホッとしたって言うか、その、眠く
なっちゃって、それで、あの……」
必死で言い訳していると、ツカサ君がクスッと小さく笑い、
ポンポンとあの大きな手で僕の肩を叩いて梯子を降りていく。
……笑った顔、初めて見た……
それを見た瞬間口が勝手に動いていた。
「ツ、ツカサ君っ!僕、またここに来てもイイかなっ?」
するとツカサ君が少しだけ驚いたようにあの透明な瞳で
僕を見た後、頷く事も首を横にふる事もせず、小さく笑って
校舎に入っていく。
その大きな背中を見送りながら、なんで咄嗟にあんな事
言っちゃったんだろ?とドキドキする心臓を押さえながら
考えていた。