なんだかんだで学祭が終わった後、僕達はヨドカワ先生の家に
遊びに来ている。
とは言っても先生本人はいないんだけど。
明日は振り替えで学校が休みだから、先生は教師同士の打ち上げで
飲み会なんだって。
1次会で帰ってくるって言っていたから、そろそろだとは思うんだけど。
それからツカサも明日仕事が休み。
ツカサの事情を知っている社長さんが、学祭を満喫して来いって
休みにしてくれたんだ。
社長さんと奥さんの間には子供がいないので、その分従業員達を
とても大事にしているみたい。
ちなみに奥さんは若い人向けの服屋さんをやっている。
だからツカサが着ている服やアクセサリーなんかは、社長の奥さんが
安く売ってくれたり何かの理由をつけてはただでくれたりしたものらしい。
経済的に大変なツカサがお洒落な理由がそれを聞いてやっとわかった。
すごくいい社長さんと奥さんだね〜、と言うと、普段は怖いけどなって
苦笑してたけど。


先生の家は1LDK。
玄関に入ってすぐ右手に寝室があり、真っ直ぐ廊下を進んで左手に
お風呂や洗面所、そして廊下の突き当りがカウンターキッチンが付いた
フローリングの居間がある。
中に入ってまず驚いたのが、居間にはすごく大きな本棚が並んでいて、
それも英語のタイトルばかりがぎっしりと並んでいた事。
適当に頼んだピザやらお菓子やらジュースやらを飲んだり食べたり
しながら、サトルに

「すごい本の数だね〜」

と言うと、笑いながら『本の虫だからな』と言う。
そう言えば準備室にいる時の先生も、いつも本を読んでいる。

「だけどこれだけ居間に物が溢れているワリには、
 寝室って何もないんじゃない?」

カナデが聞く。
確かにさっき見せてくれた寝室は、ベッドとサイドテーブルに
クローゼットしかなかった。
するとサトルがポテトチップを食べながら苦笑する。

「寝ている間に地震が起きた時、ベッドに物が落ちてきたら
 困るからって。
 マサシは自分では認めないけどえらい心配性で怖がりなんだよ。
 そういえばこの前1日中雨だった日、夜中に雷があっただろ?
 あの時俺は平日だったから自分の家で爆睡してたんだけど、
 イキナリ携帯に電話をかけて来て人を起こした挙句、たいして
 喋りもしないクセにいつまでも切らないんだよ。
 怖いって素直に言えばいいだろ?って言ったら、いつもの通り、
 怖いわけないだろ!って強がって電話を叩き切っちまったけどな。」

「「それで?それで?」」

僕とカナデが身を乗り出しながら聞くと、サトルがちょっと照れたように

「まぁしょうがないからすぐここに来てやったよ。」

と言ったので『ヒュ〜!ヒュ〜!』とカナデとひやかす。
するとソファに座っていたヒビキが隣のカナデを見ながら口を開いた。

「うちにも雷嫌いがいるけどな。」

「あ、ちょ、ちょっとヒビキ!」

カナデが真っ赤になりながらヒビキの口を抑えようとしたんだけど、
ヒビキはニヤニヤしながら逃げている。

「下でお袋が寝てるのに、弟のベッドに震えながら潜り込んで来た
 兄貴がいたよな〜、カナデ?」

「わ〜っ!ヒビキ〜っ!」

ヒビキを止めようと必死なカナデを見ながらみんなで笑った。

「ミナセのところは大丈夫だっただろう?
 シノブは雷平気だもんな?」

ヒビキが言ったので、『うん、全然大丈夫』と言うと隣でツカサが
『違う意味で大変だったけどな』と小さく溜息を吐いた。
ん?なんかあったっけ?
僕は元々雨が大好きだし、それにひどい雨の日はツカサの
仕事って休みになるんだ。
現場が外だから仕事にならないんだって。
だからあの日は早い時間からツカサと一緒にいれるのが
嬉しくて堪らなかったのは覚えてるけど……

『何が大変だったんだ?』とヒビキが促すと、ツカサが僕の頭を
クシャッと撫でながら答える。

「学校が終わって俺の家に来るなり、目をキラキラさせながら
 外に出て遊ぼうって騒ぎ始めたんだ。
 風邪引くからって言っても、雨に打たれて風邪引いた事ないし
 雨の中で遊ぶのって楽しいんだよ〜とか言ってるし。」

一瞬みんなの視線が僕に向けられて、その後爆笑される。
僕は赤くなりながら必死で

「だ、だって本当に楽しいから、ツカサにもそれを
 体験させてあげようと思ったんだもんっ!」

って言ったんだけど、『さすがシノブ〜!』とか『やっぱりお子ちゃま
卒業出来てなかったのか〜!』とか散々笑われた。
そしてその後笑い過ぎて涙を拭いているヒビキがツカサに
『結局どうしたんだ?』と尋ねる。

「どうしても行きたそうだったから、傘を持たせて一緒に散歩に行った。
 あの雨だったから帰って来た時は二人ともドロドロだったけど。
 まぁでもシノブが楽しんでいたし、風邪引かなかったからそれで
 いいけどな。」

「すげ〜、ミナセ。
 俺だったら間違いなくシノブを殴ってでも行かないぜ。
 シノブ、大人なミナセに感謝しろよ〜。」

確かにツカサってホントに大人だと思う。
僕が子供っぽいのは確かに自覚してる部分もあるんだけど、
ツカサはいつも何も言わずに僕に付き合ってくれる。
思わずツカサの腕にギュウっと抱き付いた。
やっぱりやっぱりツカサって優しい……


その後3枚のコスプレ写真を見ながらお互いに笑ったり、
閉会式の事でみんなにからかわれたり、しばらくみんなで
楽しくお喋りをした。
そしてなかなか先生が帰って来ないし、じゃあそろそろ
帰ろうかとテーブルや周りを片付け始めていた時、ガチャっと
鍵をあける音がして先生が帰って来た。
『お前酒弱いんだから、あんなに飲むなって言っただろ〜?』と
出迎えに行ったサトルが千鳥足の先生の腰を抱えながら戻ってきて、
それを見て台所に水を汲みに行ったカナデがソファに座らせ
られた先生にコップを渡すと、『悪い』と言って一気に水を
飲み干した。
そして空になったコップをダンッと音を立ててテーブルに置き、
口を尖らせながら隣に座っているサトルに向き直る。

「そんな事言ったってしょうがないだろ?
 あんな閉会式があったせいで色んな先生から散々からかわれて、
 二次会には無理やり連れて行かれるし、相手が誰か教えないなら
 一気しろとか無茶な事色々言われたんだから!
 新米教師の俺が断れるわけないだろうが!
 ……ミナセっ!」

突然話を振られたツカサが驚いた様に『はい』と返事をする。
床に座っている僕達は呆気に取られながら、ピッと人差し指を
ツカサに向けている先生を見ていた。
……先生、目が据わってる……

「ハシモトがどんな気持ちでステージに立ってたのか
 わかるかっ?
 そんな状況の中でハシモトはあれだけ派手に公開告白
 したんだから、責任持って幸せにしろよっ!
 ……タカナシ弟っ!」

次に指を差されたヒビキも驚きながら返事をする。
サトルは先生の隣で頭を抱えていた。
……先生もしや、絡み酒……?

「兄は休み時間の度に、必死でカロリー計算をしたり栄養の
 バランスを考えたり、影で色々努力しながら毎日毎日
 弁当を作ってくれてるんだから、それを当たり前と思わずに
 常に感謝してやれよっ!
 ……それからサトルっ!……サトルっ……サトル……」

先生が赤くなって下を向き、今にも泣きそうになっている。
今度は泣き上戸かな……?
するとサトルが大きく溜息を吐きながら立ち上がって、
先生の頭をポフッと優しく叩いた。

「はいはい、わかった、わかった。
 後でいくらでも聞いてやるから、まずはこいつらを解放しろ。
 おいお前ら、帰っていいぞ。
 マサシが絡んで悪かったな。」

サトルの言葉にみんなで笑いながら立ち上がる。
口々に先生に挨拶すると、先生はニコニコ笑いながら
『お〜!達者でな〜!』と手をヒラヒラ振っていた。

……先生、なんかキャラが壊れてる……
でもやっぱり憎めなくて可愛いな〜

そして玄関で苦笑しているサトルに手を振り、僕達は
それぞれの家に向かった。