ごった返している体育館の一番後ろに立ち、僕達5人は閉会式の
様子を見ていた。
閉会式とは言っても生徒会中心なので堅苦しい事は無く、3年生の
生徒会役員が司会をしながら出し物毎に色んな賞の表彰をしている。
うちのクラスの【白雪姫】は演劇部門で2位になったので、賞状を
貰っている白雪姫役に心からの拍手をおくった。

その後様々な賞の発表が終わった後、最後が毎年恒例の
人気ランキング。
これは学祭が行われる前日までに学園関係者全員にアンケートを
取り、教師部門と生徒部門でそれぞれ一番人気だった人が
ステージに呼ばれ、アンケートで多かった3つの質問や要望を
受けるんだ。
男子校なだけに質問の内容も結構きわどい物とかがあるんだけど、
なんせ校長先生自らが提案して始められた企画なので、受ける側
には拒否権がない。
だから去年1位になった3年生の先輩が必死で受け答えしている
のを見た時は、すごく気の毒だった。
ちなみに僕は校長先生と生徒会長の名前を書いたんだけどね。


「まずは教師部門。
 2年C組担任のヨドカワマサシ先生です!
 ヨドカワ先生、ステージまでどうぞ〜!」

司会が発表すると、ステージの脇でミウラ先生と喋っていた
ヨドカワ先生が驚いた様にその場で固まった。
でもミウラ先生に背中を押されながら渋々ステージに上がる。
まわりからは『ヨドカワ〜!』とか果てには『マサシ〜!』とか
先生の名前まで飛び交っていた。
僕達が一斉にサトルに目を向けると、複雑そうな顔をしながら
『マジかよ……』と小声で呟いている。

やっぱり先生は人気者だしね〜。
みんな苦笑しながらサトルからステージ上の先生に視線を戻す。
今日の先生はフルジップのニットに腰浅で細身のジーンズ。
そしてごついベルトを巻き、右手にベルトとお揃いのリスト
バンドをしている。
以前はリストバンドを両手にしていたけど、サトルと恋人同士に
なってからは、たまにファッションで片手にしてくる位になっていた。
それにしても先生って結構カッコいいのに、少し顔を赤くして
下を向きながら所在なさげにベルトをいじっている様子を見てると、
やっぱりかわいいという言葉の方が合っている気がするんだよね。

「続いて生徒部門。
 2年A組のハシモトシノブ君です!
 ハシモト君、ステージまでどうぞ〜!」

突然自分の名前が呼ばれ、何の事だかわからずに周りを見回すと
『やっぱりね』とカナデが言って、ヒビキもサトルも苦笑しながら
僕を見ていた。
そして隣のツカサを見上げると、少し困ったように笑いながら
僕の肩をポンポンと叩き、『行ってこい』と言う。
何で僕なのかな〜?と首を傾げながらステージに向かって歩き
始めると、後ろで『俺とミナセって微妙な心境だよな』とサトルが
溜息を吐き、『確かにな』とツカサが答えていた。


まわりから『シノブちゃ〜ん!』という声を沢山かけられて、
やっぱり僕も赤くなりながら下を向いて先生の隣に立つ。
すると先生がボソッと
『ハシモトはわかるけど何で俺なんだよ』と話しかけて来た。
『え〜?!僕の方がわかんないよ。先生はやっぱりって思ったもん』
小声で会話をしていると、司会の3年生が

「いよいよお楽しみの質問タ〜イム!
 当然パスは認めません!
 それでは開始〜!」

と楽しそうに言い、それと同時に僕と先生はがっくりと肩を落とした。


****************


「まずはクラスと名前、スリーサイズをお願いします」

「……2年C組担任、英語教師のヨドカワマサシ。
 身長は170p、体重は56s、スリーサイズは測った事がありません。」
「2年A組、ハシモトシノブです。
 身長160.2p、体重は45s、僕もスリーサイズ、わかりません。」

『シノブちゃんかわいい〜!』っていう声が聞こえて、う〜、と
思いながら下を向く。


「まずは一番多かった質問から。
 好きな人、または恋人がいますか?」

一瞬先生と顔を見合わせ、ちょっとだけ笑ってから先生が口を開く。
「恋人がいます。」
「僕も恋人がいます。」

僕達が答えた瞬間体育館中がどよめいた。
『ウソだろ〜っ?』とか『シノブちゃんにもいるの〜っ?』とか。
体育館の一番後ろにいるツカサ達に視線を向けると、4人で顔を
見合わせながら苦笑していた。
司会が『静粛に〜!』と叫んで、ようやく体育館内が静まる。


「2問目。好きな人、恋人がいる場合、相手がどんな人なのか
 教えて下さい。」

どうしよう、と思いながら隣の先生をチラッと見ると、先生は
少し恥ずかしそうに、でもすごく綺麗に笑って答えた。

「口は悪くて鈍感でも、根はとても優しくて俺の全てを
 癒してくれる大切な存在です。」

先生、カッコいい……
体育館のあちこちから『ほぅ〜』という溜息が聞こえ、サトルは
隣のカナデにからかわれたらしく、少し赤くなりながら小声で
何やら言い返していた。
『ハシモト君は?』と司会に促され、僕も笑って答える。

「僕の不安をいつも消してくれて、僕をいつも守ってくれる
 ヒーローみたいな人です。
 優しくてカッコいい、最高に自慢の恋人です。」

『ヒュ〜!』という口笛が飛んでいた。
ツカサはサトルに肘でつつかれ、腕を組みながら苦笑している。


「さて、残念ながら最後です。
 片想いの場合はここで愛の告白を。
 両思いの場合は愛の言葉を叫んで下さい!」

そう言って司会者は先生にマイクを渡した。
最悪〜〜〜っ!
先生も、さすがにマイクを握り締めたまま頭を抱えていた。
『マ・サ・シ!マ・サ・シ!』と体育館中でコールが起こっている。
しばらくして、はぁ〜、と大きく溜息を吐いた先生がマイクを
持ち直すと、一瞬で体育館が静まり返った。
でも先生は赤くなって口を尖らせながらも、きちんとサトルを
見て口を開く。

「いつも素直じゃなくて悪い。
 ……でも……好きだから……」

うわぁ〜〜!と体育館中に声が上がった。
先生はさっさと僕にマイクを手渡すと、そのまままた頭を抱える。
サトルは赤くなりながら壁に寄りかかり、片手で口を抑えて
先生を見詰めていた。
ツカサもヒビキもカナデも、そんなサトルを微笑みながら見ている。
僕はツカサに何て言おう?

先生がサトルに辛い片想いをしてきたのも知ってる。
サトルが我が身を省みず、先生を守る為に怪我をした事も。
寡黙なヒビキといつもは明るいカナデも、一卵性双生児という
十字架を背負いながら、必死でお互いを求めている事も知ってる。
人を好きになるとどんな気持ちになるのか、辛くても苦しくても、
それでも好きにならずにいられない気持ちを、僕はもう知ってる。
それは全部ツカサが教えてくれた。
そのツカサに僕が今言いたい事は……

『シ・ノ・ブ!シ・ノ・ブ!』と今度は僕の名前でコールが
起こっている。

一瞬を大切にする、という先生の言葉を思い出した。
それなら今僕が取るべき行動は一つだけ。
いつでも僕がツカサに一番伝えたいのは……


グッと気合を入れてマイクを握りなおすと体育館が静まり返った。
ツカサは腕を組みながら、あの透明な瞳で僕を真っ直ぐ見詰めている。
ドクンドクンと心臓が大きく脈打ち、周りの景色が一気に遠ざかった。
今はツカサしか見えない……

「大好き、ツカサっ!」

そのままマイクを司会者に返し、ステージを飛び降りてツカサに
向かって駆け出した。
ツカサは目を丸くして驚きながらも、僕が走り寄って行くのを見て
両腕を広げてくれる。
そしてそのままその腕の中に飛び込んで首に抱き付いた。
僕の体を持ち上げながらギュッと抱き締め返してくれる、温かくて
大きな腕。
どの瞬間も僕が求め続けているツカサの存在……


一瞬の静寂に満ちた後、体育館自体が揺れたのかと思うぐらい
拍手や口笛や何やらかにやらが飛び交った。
『やっぱりシノブって派手だよね〜』とカナデが言い、
『こうじゃなきゃシノブじゃないだろ?』とサトルが苦笑しながら
返している言葉が耳をすり抜けていく。
何も考えずに夢中で抱きついて抱っこさせてしまったツカサに
『ごめんね、でも』自分でも止められなくて、と言いかけると、
ポンポンと背中を叩いてくれながら『言わなくてもわかってるから』
と優しく言ってくれた。

ツカサはいつもこうやって僕の無言の言葉を読み取ってくれる。
そして何も言わずに黙って僕を守ってくれているんだ。
今僕がツカサを好きで好きで堪らないと思ってる事も、絶対
わかってくれている。
そしてきっと僕を好きだと思ってくれている気持ちが、この
抱き締めてくれている腕に全て溢れている筈。

もちろん言葉にすることって、とっても大事だと思う。
だけどそれだけに囚われて無言の言葉を見落として
しまえば、どんなに相手に気持ちがあったってそれを
受け取ることが出来ない。
ツカサがそれを教えてくれた。
目に見える形だけじゃなく、目に見えない、心が繋がってる
事こそが大事なんだって。
ツカサの無言の言葉をしっかり読み取りながら、先生が
言ってたように、これからも大事に一瞬を積み重ねていこう……

まわりからは相変わらず野次や口笛が聞こえているけれど、
それでも僕には今目の前のツカサしか見えない。
腕を緩めてツカサを見下ろすと、少しだけ困ったように笑っている。

「いつもごめんね……でも……大好き……」

もう一度首に抱きつくと、ツカサは苦笑しながら
『俺もだよ』と囁いた。