久々に訪れた汗臭い部室。
制服を脱ぎ、自分のロッカーから取り出した洗い晒しの道着に
袖を通す。
僕はこの瞬間が大好きだった。
ここしばらく空手という空手はやっていない。
家で1人で練習したりとかはしてたんだけど、さすがに道着に
袖を通してはいなかったから何か物足りなかった。
これから空手を始めるという心地よい緊張感。
そして帯を締めるとグッと気持ちが一気に引き締まる。
さぁ、行こう。
ヒビキと一緒に部室を出ると、既に道場には人が溢れていた。
それでもみんな礼儀正しく端から順番に正座して座っている。
そして道場の一番後ろで立ち見をしている中に学ラン姿の
カナデとサトルがいて、サトルの隣にはペインターパンツを
穿いてシルバーのプレートネックレスとイヤーカフをつけ、
別珍のスカジャンを羽織っているツカサがいた。
もちろん今日は一般客の人達も沢山いるんだけど、やっぱり
ツカサは人一倍目立っていて、周りの人達がちらちら見ている。
学園生の中にはそれがツカサだと気付いて驚いている人達も
結構いるようだ。
でもツカサは一向に気にする事無く腕を組みながら道場の壁に
寄りかかり、サトルやカナデと喋っていた。
やっぱりカッコいいな〜と思いながら見ていた僕の視線に
気付いたツカサが、いつもの様に小さく笑ってくれる。
沢山の人達を見て少し緊張気味だったんだけど、それを
見ただけですっかり安心感に満たされて、ちょっとだけ
照れながら笑い返した。
隣のヒビキを見ると、ヒビキもカナデと目で会話(?)している。
言葉に出さなくても伝わる思いがあるって、ツカサとの事で
しみじみ実感した。
ヒビキも決して口数が多い方じゃないから、カナデもきっと
ヒビキの無言の言葉を読み取っているんだろう。
僕もツカサの言葉を見落とさないよう、頑張らなきゃ。
時間まで僕とヒビキは準備体操とストレッチで体をほぐす。
その間もどんどん人が増えて来て、『すごい人だね〜』と小声で
ヒビキに話しかけると、『なんせアイドルの登場だからな』と
笑いながら言った。
その言葉に少しだけ赤くなりながら『もぅ〜』と口を尖らせて
言うと、『カワイイ〜!』とかっていう声があちこちで飛んでいる。
ヒビキが『ほらな?』と言って苦笑したんだけど、なんでみんなが
僕なんかに声をかけてくれるのか、本当にわかんないや……
まずはヒビキから。
ヒビキが真ん中に進み出て正座をしてから礼をすると、一気に
道場内が静まり返る。
チラッと道場の後ろにいるカナデの方を見ると、カナデはヒビキと
おんなじ真剣な目をしてヒビキを見詰めていた。
多分目だけを見れば、どっちがどっちか見分けがつかない。
普段はパッと見も雰囲気も違うからちゃんと見分けがつくんだけど、
こういう真剣な顔をするとやっぱり双子なんだとしみじみ思う。
静かに立ち上がったヒビキが動き始める。
ヒビキの形は『ジオン』。
穏やかな動きの中に激しい気魂のこもった形で、特に難しい技は
ないんだけど、その分基本技がとても重んじられる。
だからきちんとした基礎力が無いととても難しい。
でもヒビキはしっかり一つ一つをこなしていく。
すごくヒビキらしい。
その上ヒビキは背が大きいし、手も足も長いからすごくキマるんだ。
道場内も静まり返ったまま、ヒビキの一挙手一等足を見守っていた。
演舞が終わり、ヒビキがまた礼をした所で会場が割れんばかりの
拍手に包まれる。
多分星陵の女の子たちなんだろうけど、黄色い声が沢山飛んでいた。
隣に戻って来たヒビキに『カッコ良かったね〜!』と声をかけると、
苦笑しながら頭を小突かれた。
さぁ、次は僕の番。
一度ツカサに視線を向けると、小さく頷いて微笑んでくれた。
僕もちょっとだけ笑い返した後、気合を入れて立ち上がる。
それと同時に周りで飛び始めた声には、もう意識がいかない。
今の自分の全てを出そう。
僕の形は『カンクウ大』。
変化に富んだ形ですごく難しいんだけど、でもこれが僕には性に
あっている。
一礼した後、静まり返った道場内で僕は動き始めた。
この形は四方、八方に敵がいると想像して、各方面からの様々な
攻撃を捌き、受けて反撃するもの。
技の緩急、力の強弱、体の伸縮はもちろん、転回、飛び上がり、
伏せなどがある。
今まで積んで来た鍛錬の全てを精一杯その動きに込めた。
全てを終え、正座をして一礼する。
それと同時にヒビキの時と同様、割れんばかりの拍手が起こった。
ふとツカサに目を向けると、微笑みながら拍手を送ってくれている。
やり終えた充実感に浸りながらツカサに笑い返し、もう一度ヒビキと
一緒に礼をしてから部室に戻った。
僕とヒビキが汗を拭いて着替え終わった時、コンコンと部室のドアを
ノックする音がして、カナデとサトルとツカサが入って来る。
カナデは真っ直ぐヒビキに近寄り、『ヒビキ最高……』と言いながら
首に抱きついた。
ヒビキはカナデを抱き締め返し、髪にキスとかしちゃってる。
それを見て赤くなりながら周りを見ると、サトルは呆れたように
大げさな溜息を吐き、ツカサは腕を組みながら苦笑していた。
僕はどうだったのかな……?
隣のツカサをジッと見上げると、やっぱりいつものように僕の
思いに気付いてくれて、苦笑したまま腰をかがめて頬に軽く
キスをしてくれる。
それが嬉しくて両手を口に当てながらウフウフ笑っていると
「あ〜っ!どいつもこいつもっ!
……はぁ〜。
俺もマサシの顔でも見に行くかな〜……」
とサトルが言ったので、みんなで一斉に笑った。
その時もう一度部室のドアがノックされ、入り口に一番近かった
サトルがドアを開ける。
するとそこに立っていたのはマスクをしているヨシナガ先輩だった。