10月22日土曜日


ツカサと会えない期間、あんなに夜眠れなかったのが
嘘の様に、昨夜はあのまま夜ご飯も食べずに寝た。
あの気持ち悪い感触を思い出す事も無く、ツカサの大きな
腕の中とキスを思い出してドキドキしながら……


朝から僕は家中を走り回って片付けをし、スーパーが開く
時間になると、ここしばらくで落ちてしまった体力を取り
戻す為にジョギングをかねて買い物に行き、隣接している
本屋さんにも寄った。

ツカサは今日はお昼まで仕事だから、それが終わって家を
片付けてから夕方位に遊びに来るって言ってた。
日曜日と祝日は仕事が休みで、土曜日はその週によって
変わるらしい。
だから明日はお休みだし、ちょっとのんびり出来るかも。

ほとんど1人暮らしのような僕は、なんとか最低限の料理だけは
作るようになったんだけど、でもやっぱりカナデみたいに上手に
作れないし得意じゃない。
だけど疲れて帰ってくるツカサの為に、頑張っておいしい
ご飯を作ってあげたかった。
なので今日は失敗の少ないカレーライス。


僕は現在作り方の確認の為に、カナデに電話中。

『出来たカレーを鍋ごと氷水で冷やして、それから
 もう一度温めると一晩寝かせたようなコクが出るよ』

「さっすがカナデ〜!ありがと!」

電話を切ろうとした時、

『あ、ちょっと待って。』

と言って、後ろで何やらごそごそ話している。

『シノブ、ミナセが来たらヒビキに電話をするように
 言ってくれって。』

「え?ツカサに何か用事?」

ちょっと驚いて聞くと、カナデは笑いながら答えた。

『ん〜、用事というよりは警告じゃない?ヒビキはすっかり
 シノブの保護者気分だか……あっ、ヒビキ、ごめんって。
 ……ちょっと……ん……今電話中なんだからやめ……』

ツー…ツー……

……切れた。
電話の向こうで展開されている双子の図がほわんほわんと
頭に浮かび、僕は受話器を持ったまま真っ赤になって、
そのまましばらく立ち尽くす。

さ、さて……気を取り直してカレーを作ろう……


****************


夕方5時。
カナデに教えてもらった通りにカレーを作り終わり、シャワーから
あがって髪を拭いている時に玄関のチャイムが鳴った。
うちはオートロックじゃないので、もうそこにツカサが来ている筈。
慌ててバスタオルを洗濯機に放り込み、そのままダッシュで玄関
まで行ってドアスコープでツカサの姿を確認してから鍵をあけた。

「待ってたよ〜!」

と思いっきり笑いながら戸を開けたんだけど、ツカサは目を丸く
して、その場で固まっている。
あれ?どうしたのかな?
ふと自分の体を見下ろすと、僕はトランクス1枚……

「うわあぁ〜〜〜っっっ!!!」

叫びながら猛ダッシュで居間の隣にある自分の部屋に駆け戻った。

は、は、は、恥ずかしいぃ〜〜〜っっ!!

恥ずかしさのあまり1人でベッドの上を転げ周り、何度も
深呼吸して少し落ち着いた後、部屋から顔だけ出した。
そして玄関で立ち尽くしているツカサに『い、今行くから
ソファに座ってて!』と真っ赤になりながら告げてまた
部屋に戻る。
ベッドの上に用意しておいたサスペンダーカーゴパンツを
急いで穿き、オレンジのプルパーカーを頭から被りながら
部屋を出た。

ツカサは長い足を組んでソファに座り、置いてあった新聞を
読んでいた。
今日はオリーブのワイドパンツにVネックのTシャツを着て、
和風の模様がはいった厚手のシャツを羽織っている。
それに右耳に凝った模様が彫られたシルバーのイヤーカフを
つけていた。

……う〜、めちゃくちゃカッコいいよ〜……
ホントにホントにこの人が僕の恋人なんだろうか。
こんなにカッコいい人が僕を好きだと思ってくれてるなんて
全然信じられない……

さっきの事もあるから何だかすごく恥ずかしくて、下を向いたまま
一歩ずつそろそろとツカサの方に近付く。
するとそれに気付いたツカサが新聞を置いて、小さく笑いながら
右手を僕の方に差し出して来た。
もじもじしながら近付き、大きなその手を握ると同時にグッと手を
引っ張られ、そのままひょいと持ち上げられて、ツカサの膝の上に
向かい合わせで跨がせられる。
そして僕が首に手をまわすとツカサの手が腰にまわされ、チュッと
額にキスをされた。

「私服、初めて見たけどやっぱりかわいいな」

か、か、か、かわいいって……
ドキンと心臓が音を立てる。
赤くなった顔を見られるのが恥ずかしくて、僕はそのまま
ツカサの首に抱きついた。
するとツカサは僕の背中を優しく撫でてくれながら

「……でも、さっきみたいな歓迎はやめてくれ。
 思わず玄関で押し倒すところだった。」

と苦笑する。
それに『ん』と小さく返事をして、そっとイヤーカフにキスをした。


****************


その後僕達は食卓で向かい合ってカレーを食べた。
おいしいおいしいと言ってモリモリ食べてくれたのがすごく嬉しくて、
それを見ながら、カナデにちゃんと料理を教えてもらおうかな〜と
考えていた。

食べ終わってからソファに並んで座り、ツカサが買って来て
くれたジュースを飲みながらお喋りをした。

色んな事を話した後、何故ツカサがサトルと先生の事を知って
いたのかも聞いてみた。
双子達の事も気が付いていたみたいだし。
すると、ツカサが夏休みの間仕事をしていた現場が、丁度先生の
マンションの向かいだったらしい。だからそこで何度もサトルと
先生が一緒にいるのを見たという事だった。
そんな偶然ってあるんだな〜と思いつつ『じゃあ双子達は?』と聞くと
『あの二人はわかりやすいから』と言う。
『ヒビキってちょっとわかり辛い感じもするんだけどな〜?』と言うと、
『タカナシはシノブを見る時と兄貴を見る時だけ目が変わる。
 まぁシノブを見る目は保護者としてだろうと思っていたからな。』
と言うので、それを聞いて僕は『あ、忘れてた!』と言った。
そして首を傾げたツカサにさっきの事を伝える。

「ヒビキが電話くれって言ってたよ。」

「タカナシが?俺に?」

その瞬間さっきのカナデの電話を思い出し、思わず赤くなりながら
うん、と頷くと、更にツカサが訝しげな顔をしたので、慌てて
立ち上がって電話の子機を持って来る。
そしてヒビキの家の番号を押してからツカサに渡した。


ツカサはいまだに僕を訝しそうに見ながら電話で話し出した。
どうやらヒビキが出たらしい。
僕はそばにいない方がいいかな?と思って自分の部屋の方に
行こうとしたんだけど、ツカサに腕を掴まれて止められた。
そしてツカサはヒビキの電話にうんうんと返事をしながら、腕を
掴んでいた手を離し、ポンポンと膝を叩く。
少しためらっていると、前に立っている僕の腰に片腕をまわして
持ち上げ、またさっきみたいに跨がせた。

何を喋っているのかはわからないけど、それでも時々ヒビキの
声がもれ聞こえる。
別にヒビキがここにいる訳じゃないんだけど、それでも何故か
すっごく恥ずかしい……

でもツカサはお構いなしで、僕を真っ直ぐ見詰めたままヒビキの
電話に返事をして、ツカサの胸に手を置いて黙っている僕の髪を
撫で始めた。

う〜……恥ずかしいよぉ〜……

どうしたらいいんだかわからずに、もぞもぞと動き始めた時
『あぁわかった。伝えておく。』と言って電話を切り、子機を
ソファの上に置く。

あ〜、やっと終わった。
これで何だか変な緊張感から解放された……

ヒビキの話は何だったのかな?と思って、それを聞こうと口を開いた
瞬間、髪を撫でていた手が後ろ頭にまわされ、そのまま引き寄せ
られるようにキスをされる。
突然だったからすごく驚いたんだけど、でもそのまま目を閉じた。
そしてツカサの胸に置いていた手でギュッとシャツを掴んだ時
唇が離れていく。
そして小さく笑いながら言った。

「シノブに絶対無理をさせるなときつく言われたよ。
 それからさっきは途中で電話を切って悪かったと
 伝えてくれって、苦笑しながら言っていた。
 どうせ双子が電話口でイチャついてでもいたんだろう?」

僕の心配をしてくれているヒビキに心の中で感謝する。
でもまたしてもカナデとの電話を思い出して赤くなりながら
『なんでわかったの?』と聞くと、ツカサがクスッと笑う。

「シノブの態度とタカナシの台詞を合わせれば、嫌でもわかる」

僕の考えてる事や気持ちなんかも、全てツカサにはお見通し
なんだな〜。
でも、それが余計安心感を増していたり。
何も言わなくたってちゃんと理解してくれて、その上で僕を守って
甘えさせてくれる。
そのツカサの為なら空だって飛べそうなぐらい、今の僕は何でも
出来ちゃいそうな気分だった。