外は既に真っ暗だった。
双子達と電車の駅に向かうサトルは同じ方向なので、逆方向の僕と
僕を送ってくれるというツカサの二手に分かれる。
僕はもう一度一人ひとりにお礼を言って、また来週ね!と手を振った。


僕の家は学校から歩いて20分ぐらい。
少し照れくさいような、でも安心出来る空気に包まれて、その短い
距離をのんびりと並んで歩く。
そして携帯の番号とメルアドを交換した後、ツカサに話しかけた。

「ねぇ、ツカサは今どこに住んでるの?」

結構遠いのかな?
やっぱりあんまり会えないのかな……?
何だか寂しく思いながら隣を見上げて聞くと、ツカサは僕を
見下ろしながらクスッと笑って答えた。

「この近く。」

「???」

……意味が全然わからない。
この近くって?

首を傾げている僕をよそにツカサは黙々と歩き、角を曲がった時
『あれだ』と7階建てのワンルームマンションを指差した。
うちからだと5分ぐらいの距離。
確かあのマンションは家賃がそんなに高くないので、うちの
学園の人達も結構住んでいると聞いた事がある。

「へぇ〜あそこに住んでるんだ…………って、なんでっっ?!
 ちょちょちょっと、おか、お母さんの実家に引っ越したんじゃ
 なかったのっ?!」

思わず立ち止まって隣を見上げると、ツカサはクックッと笑っている。
……なんで笑ってるの?
僕、なにか変な事言った?
『ねぇねぇ』と言いながらジャージの裾を引っ張って答えを
催促すると、いまだにクスクスと笑いながら答えた。

「確かに母親は実家に引っ越したし、俺も初めはそのつもりだった。
 でもバイト先に引っ越すから辞めると伝えた時、この先どうするのか
 聞かれたから学校を辞めて仕事を探すと言ったんだ。
 そうしたら家賃を出してやるからこっちで本格的にやってみないかと
 誘われて、母親の体調も大分落ち着いているし、実家に引っ越して
 新しく仕事を探すよりは、やりなれている仕事をしながらシノブの
 そばにいようと思った。
 だからこの2週間は母親の引越しを手伝って実家に連れて行ったり、
 家を決めて自分の引越しをしたりと色々忙しくて、ようやく今日
 落ち着いたんだ。」

唖然としてしまった。
もしかしたら遠距離になって、またしばらく会えないかと
思っていたのに、まさかこんなに近くにいれるなんて。
それも僕のそばにいたいと思ってくれていたなんて……

その時ツカサがポンポンと僕の肩を叩く。

「シノブにはすぐに連絡しようと思ったが、何せ全部が
 急だったから忙しかったし、連絡網は引越しのごたごたで
 どこかへ行ってしまったし、携帯の番号は聞いていないし。
 だから全部終わったら直接学校に行こうと思っていた。
 まさか今日会えるとは思ってなかったけどな。
 色々不安になって悩んでいるだろうとわかっていたのに、
 何も連絡出来ないまま放って置いてごめんな?」

僕を見下ろしながら優しく言ってくれるその瞳を見上げ、
顔が赤くなるのを感じながら下唇を噛み締めて下を向く。
そしてツカサのジャージの裾をギュッと掴んだまま、ふるふると
首を横に振った。
元々は僕のせいなのに、こんなに優しい言葉をかけてくれる。
やっぱりやっぱりツカサが大好き……

ゆっくりともう一度顔をあげ、透明な瞳を真っ直ぐに見上げる。

「僕のせいで早く学園をやめる事になっちゃってごめんね。
 それから、守ってくれて……ありがと。」

ツカサは小さく笑いながらもう一度僕の肩をポンポンと叩き、
『家まで送る』と言って歩き始める。
それにうん、と頷き返して、ツカサのジャージの裾を握ったまま
家に向かった。


****************


僕の家までの短い時間に、ツカサが鉄筋屋さんで仕事をしていると
教えてもらった。
仕事柄ちょっとした怪我や火傷などが多いらしく、以前ツカサが
学校を休んだ翌日に絆創膏をはって来ていた理由がわかった。
ニッカボッカに地下足袋姿で鉄筋を担いでいるツカサを
思い描きながら、ツカサのイメージ通りだね〜と言ったら、
俺はどんなイメージなんだ?と苦笑してたけど。
それから柔道は3歳から始めてこの学園に来るまで続けていたそうだ。
それも県大会で3位までいったらしく、あの屋上で5人もやっつけた
のは無理もないと思った。

5階にある僕の家に上がる為のエレベーターを待ちながら、なんだか
やめちゃったのはもったいないな、と思っていた時

「生活が落ち着いたら、社長の知り合いがやっている
 柔道教室の手伝いをする事になっているんだ」

と嬉しそうに言う。
良かった〜と心の中でホッとしながら、ツカサの嬉しそうな様子を
見て、僕が空手を好きなようにツカサも柔道が好きなんだろうな、と
思った。

「ねぇねぇ、ツカサがそのお手伝いを始めたら、僕も見学に
 行ってもいいのかな?」

突然尋ねた僕に怪訝な顔をしながらも『それは大丈夫だろうけど』
と言ったので、『やった〜!』と言ってガッツポーズをする。

「僕ね僕ね、1度ツカサが戦っている姿が見たかったのっ!
 ツカサがあの大きい体で戦っている姿は、きっとほれぼれする位
 カッコいいんだろうな〜ってずっとずっと思ってたんだっ!
 今まではツカサを見る度に想像してただけだから、
 道着を着ている本物の姿を見るだけでも絶対絶対
 惚れ直しちゃうよ〜っ!」

ツカサのジャージの裾をぶんぶん引っ張って興奮しながら言うと、
ツカサは僕を見て、少し困った様な顔をしている。
……あれ?僕、何かまずい事を言ったのかな?
と首をかしげた時、丁度エレベーターが降りて来た。
なのでそのままエレベーターに一緒に乗り、鞄を持っている方の
手で5階のボタンを押して『閉』のボタンを押した直後、いきなり
大きな両手で顔を挟んで上を向かされ、そのままキスをされた。
そして強く唇を押し付けた後に離れていく。

あまりにも突然だったので僕は目を見開いたまま。
するとツカサが

「そういう恥ずかしい事を言うな。
 自分を抑えられなくなる。」

と少し困った様に言った。
その言葉に自分の言った台詞を振り返ってみる。

……ボンッと一瞬で顔に火が点いた。
ななななんて恥ずかしい事を言っちゃったんだ〜〜〜っっ!!

ツカサに好きだって伝える事にはあんなに悩んでいたくせに、
普段の僕って考えるよりも先に言葉や行動が出ちゃう方で、
その度に周りにからかわれたりして後悔していた。
だからツカサとの事で少しは落ち着いたかと安心してたのに……


その時エレベーターが5階に着き、ツカサが顔から手を離したので
あたふたしながらエレベーターを降りた。
真っ赤になったままドアの前でツカサのジャージの裾を離し、鞄に
入っている鍵を探る。
するとツカサが『じゃあ』と言ってエレベーターに戻ろうとしたから、
当然家にあがると思っていた僕は驚く。

「ね、ねぇ、入らないの?
 ツカサも1人で夜ご飯を食べるんでしょ?
 僕も再来週の火曜日までお父さんが帰ってこないから
 1人だし、一緒に食べようよ?」

「……シノブ、悪いけど今日は帰る。
 今日は自分を抑える自信がまったくないから。」

ツカサは困った顔をしたまま答えた。
それを聞いてまたしても顔に血がのぼり、心臓がバクバク
言い始める。
抑える自信って……やっぱり……そういう事だよね……?
僕だって何をするか……何となくわかってるつもりだけど……

「……あの…僕……ツカサとそういう風になるの……
 全然嫌じゃないよ……?」

すっごくドキドキしながら下を向いて、自分の学ランの裾を
引っ張ったり摘んだりしながら言うと、『だからそういう事
言うなよ……』と小さく言って、溜息を吐きながら僕の肩を
ポンポンと叩いた。
おずおずとツカサを見上げると、やっぱり少し困った顔をしている。

「今日は久々にシノブに会って、直接言葉で気持ちを伝えてもらって、
 俺自身もいっぱいいっぱいだから優しくしてやる余裕がないんだ。
 気持ちは本当に嬉しいけど、シノブにまた怖い思いをさせたくない。
 だから今日は帰る。」

ツカサは僕に起きた事を心配してくれているんだろう。
それに何もかも初めてなのは完全にバレちゃってるから、余計
心配しているのかもしれない。
だったら僕はそういう方面は何もわからないんだし、それは
ツカサの言う通りにしようと思う。
……だけど。

「……じゃ、じゃあ、もう1回……キ…キスだけ……したい……」

真っ赤になったまま勇気を振り絞ってそう言うと、ツカサは苦笑
しながら僕の脇の下に両手を入れて持ち上げ、そのまま子供を
抱くように抱っこしてくれる。
僕の方が目線が少しだけ上になったので、首に腕をまわして
見下ろすと、ツカサが小さく笑いながら『どうぞ』と言った。
なので一度大きく深呼吸してからツカサの頬を両手で挟み、
そっと自分からキスをした。