ツカサは僕の額に一度キスをすると

「教室に戻るぞ」

という。ツカサが何故ここに来たのかはわかんないけど、
そんなの後でゆっくり聞けばいい。

「……うん!」

一度ぐしぐしと学ランの袖で涙を拭った後、思いっきり
笑いながら答えた。
二人で校舎に入ってから、先生から借りた銀色の鍵を使って
扉の鍵をしめる。
そして掌にのせたその鍵をジッと見詰めた。
僕にツカサを与えてくれた、この屋上に続く鍵。
ツカサの思いが詰まった、あの日記へ導いてくれた
魔法の鍵……

ツカサが僕の肩をポンポンと叩く。
それに頷き返しながら一度その鍵にキスをして、先に階段を下りて
いくツカサの大きな背中について行った。
……でも…ツカサって呼ぶの…なんだか照れくさい……


C組に戻ると、『丸く収まったか〜?』というサトルの第一声に
迎えられ、ちゃんとみんな揃って僕達を待っていてくれた。
カナデの話によると、僕が教室を出て行ったすぐ後、ツカサは
学校に置いていた荷物を取りに来たらしい。
そしてそれに気付いたヨドカワ先生が僕の今までの様子と
屋上にいる事をツカサに教えてくれたそうだ。

先生に鍵を返しながら、

「先生、本当に何から何までありがと。」

と言うと、笑いながら

「俺の時は世話になったからな。」

と隣に立っているサトルを見た。
サトルも先生を見て頷きながら『借りは返さなきゃな。』
と言って笑う。
その時ハッと気が付いた。

「もし今までの事が学校にバレたら先生は大変なんじゃ……?」

「……まぁな」

先生が苦笑しながら答える。
自分の事だけで頭がいっぱいで、先生の立場とか全く
考えてなかった……

「ご、ごめんねっ先生!大丈夫っ?!」

慌てて聞くと、口を開こうとした先生を遮って
サトルが笑って答えた。

「マサシがクビになったら、俺が働いて面倒見るから心配すんな。」

すると先生は一瞬驚いた様にサトルを見た後、一気に耳まで
真っ赤になる。そしていつもの様に憎まれ口を返さずに、
そのまま下を向いてしまった。
サトルはそんな先生の頭をポンと優しく叩く。

先生は、本当にクビを覚悟で僕達の事に関わってくれて
いたのかもしれない。そしてサトルはその先生をずっと横で
見ていたんだろう。
そう思った途端、また涙が出てくる。

「迷惑かけてばっかりでごめんね」

「何かあった時はお互い様だ。
 それに俺達は誰も迷惑だなんて思っていないし、
 シノブが幸せになる為なら何でもやる。
 それが親友だろ?」

突然口を開いたヒビキの方を見る。
ヒビキは微笑みながら僕を見ていた。
するとヒビキの隣にいたカナデが

「そうだよ、シノブ。
 俺達はシノブに助けられた事もいっぱいあったし、その上
 いつもシノブから元気や明るさをもらってるんだから。」

と笑い、

「そうそう。
 それにシノブを守るのが俺達【特別隊】の役目だからな〜。」

とサトルも笑う。
3人の言葉に思わず両手で顔を覆って泣き出すと、僕の後ろに
いたツカサの大きな手が頭を撫でてくれた。

「みんな……ホントにホントに……ありがと……」

恋人はとっても大事な存在だけど、でもそれと同じぐらい親友達の
存在は尊いんだと改めて実感する。
この人達に恥じる事がないよう、これからも精一杯生きていこう……


ひとしきり泣き終わると同時にカナデが口を開く。

「さ。ヨドカワ先生が本当にクビにならないように、
 そろそろ俺達も帰ろう。」

その言葉に全員で頷いた。
その時僕はもう一度先生に近寄り『先生、あと一つだけいい?』
と聞いた。
すると先生は頷いて、みんなから少し離れた所に僕を引っ張った。


****************


「今回はいっぱいいっぱい迷惑かけて本当にごめんなさい。
 でも、先生がいてくれなかったらちゃんとツカサに自分の
 気持ちを伝えられなかった。
 本当にありがとうございました。」

頭を下げると、先生は優しく僕の頭を撫でてくれる。
そして

「心の傷には恋人の存在が一番の薬だ。
 俺はそれを身にしみて感じている。
 ハシモトも早く傷が癒えるといいな。」

と微笑みながら、ツカサと何やら話しているサトルの方を見た。
男の人に対して使っていい言葉なのかはわかんないけど、
それでもサトルを見て微笑んでいる先生はすごく綺麗だった。

そして僕は『あと一つだけ』と言った質問をする。

「……あのね先生、相手を好きだと思ったり、相手から好きだと
 思われている気持ちが変わっちゃうんじゃないかって思った事、
 ない……?」

どうしても気になっている事だった。
ツカサはもう学園をやめてしまったから『男子校』という特殊な
環境にいる訳じゃない。
それにツカサは他県に引っ越したって先生は言っていたから、それが
すごく遠い場所だったらなかなか会えないかもしれない。
だから少しずつ現実に戻って、やっぱり男の僕より女の子がいいと
思うんじゃないかって……

すると先生は『今思いが通じたばかりなのに、随分気の早い質問だな』
と苦笑しながら言って、少し困った様に、でもすごく綺麗に笑いながら
答えてくれた。

「誰にも未来の事なんかわからない。
 だからその悩みは、たとえどんな環境になろうがこれから先も
 ずっとついてまわる。
 だけどな、ハシモト。
 次の瞬間には違う奴を好きになるかもしれないが、それでも
 今この瞬間に俺がサトルを好きだと思っているのは嘘じゃない。
 サトルも多分そう思ってくれていると信じている。
 だからこそサトルと一緒に過ごせる一瞬一瞬を、大切に積み重ね
 ながら生きていこうと思っているんだ。
 ハシモトにも、そうやって二人の関係を築いて行って欲しいと思う。
 ……まぁ俺の場合、見ての通り全然うまくいっていないけどな。」

先生は苦笑する。
僕もふふっと笑い返した。
先生の言っている事、すごく理解できる。
全ての『時』は一瞬の積み重ねで出来ていくものだ。
だからその一つ一つを大事にする事が、次の未来へ繋がる。
ツカサに気持ちを伝えるのをためらっていた期間の分だけ、
今まで以上に一瞬を大切にしていこう。

「俺で良ければいつでも話聞くからな。」

優しく言ってくれる先生にもう一度『本当に本当にありがとう
ございました』と頭を下げてみんなの方に戻った。

「じゃあ帰るか。」

ヒビキが言うと、先生はそれに頷いてから僕に近付いて来て
『お互い一瞬を大切にしような』と耳打ちした後、『オオトモ』と
サトルを手招きして呼んだ。
そして『なんだよ?』とそばに寄ったサトルの腕を引っ張り、
その頬に一瞬だけのキスをする。
僕達はあっけに取られたものの、サトルの驚いている顔が
おかしくてサトル以外の4人で爆笑した。

「マサシ〜!週末はお仕置きだからな!
 覚えとけよ!」

赤くなって言うサトルに

「だから、学校で名前を呼ぶなって言ってるだろ?」

ニッと笑って返す先生。
『首洗って待ってろよ〜!』と、全く恋人同士の会話とは思えない、
まるで喧嘩の捨て台詞のように叫ぶサトルの口をヒビキが手で
塞ぎながらそのままズルズルと引っ張り、僕とカナデは笑って
先生に手を振った。
そして僕の横には大きな安心感を与えてくれるツカサがいる。

大事な大事な僕の恋人と親友達。
先生のおかげだ。
先生、本当に本当にありがとう……