震える体をゆっくりと起こし、マジックで書かれた走り書きの
文字を指で辿る。

『10/7
 どうか忍を守りきれますように
               忍 愛してる』

それを見た途端、ここしばらく泣く事も出来なくなっていた
僕の目から、一気に涙が溢れ出した。
きっとここに先輩を運んだ後、ヨドカワ先生が来るまでの間に
書いたんだ……

「……えっえっ……ううっ……」

会いたい…会いたい……
書かれた文字の前で頭を抱え込んで小さくなり、いつもここに
座っていたツカサ君の温もりを求める。
だけどコンクリートの床と給水塔からは冷たさだけが身にしみて、
やっぱりツカサ君はもういないのだと改めて実感させられた。

何も言ってくれなくたって理解出来た筈なのに。
ツカサ君は言葉数は少ないけど、それでもあの透明な瞳の奥に
沢山の思いを見せてくれていた筈。
ツカサ君の無言の言葉の中に、沢山沢山僕と一緒にいる時間を
大切だと思ってくれている気持ちが溢れていた筈なのに……

だけどそれをしっかり見ようともしないで、自分の中の勝手な
思い込みに囚われて、いつまでもツカサ君を好きだと思う
気持ちを伝えられなかった僕は本当にバカだ。
その上戸惑っているうちにあんな事が起きて、ツカサ君に
会えなくなってしまった。
いつも僕の不安や恐怖を消してくれていた、あの大きくて
温かい存在を失ってしまった。
もっと早くに勇気を出していれば、もっと違う結果が今ここに
あったかもしれないのに……


一体何を怖がっていたんだろう?
男同士だから?
男子校という特殊な環境に影響されただけだから?
ここを卒業したら忘れ去られてしまうかもしれないから?

だけど今になってみればそんな小さな事よりも、今この場で
ツカサ君の顔を見れない事の方が何倍も辛い。
いつも僕を守ろうとしてくれていたツカサ君に、自分の気持ちを
伝えられなかった事の方が何倍も悲しい。
この場所で二人で過ごしてきた時間を振り返れば、
どれを取ってもお互い大切に思いあっていたと、わかって
いた筈なのに……

ヒュゥ〜という冷たい秋の風が僕を吹き抜けていった。

その風に身を震わせながら、もう一度顔をあげてツカサ君が残して
くれたその文字に何度も何度も錆び臭いキスをする。

1人の人を心から好きになるって、想像していた以上の
ウキウキやドキドキを与えてもらえる分、それと同じか
それ以上の苦しい思いも一緒に抱え込まなければ
いけないんだ……
ツカサ君を思う度に胸が痛くて辛くて苦しくて。
……だけど、それでもツカサ君を求めずにはいられない……

「……うっ…うっ……え……っ」

いっぱいいっぱい泣き終わったら、まずは校長先生の所に行って
ツカサ君の連絡先を聞いてみよう。
どうしても教えてもらえなければ、ツカサ君が住んでいた家に
行って、近所の人に引っ越し先を知っているかどうか聞いてみよう。
たとえどんな手を使ってでもツカサ君を見つけ出して、
僕のせいで退学を早める事になってごめんねって、
守ってくれて本当にありがとうって、
それから今度こそ絶対絶対『好き』って伝えよう……

涙が流れた跡は風に吹かれてどんどん冷たくなるというのに、
それを覆い消すように次から次へと熱い涙が溢れ出した。


「……人の日記を勝手に読んじゃいけないと、小さい頃に
 教えられなかったか?」

突然ハスキーな低い声が屋上に響く。
その声に目を丸くしながら慌てて振り返ると、今この場で
温もりを求めていたその存在が、前の様に小さく笑って梯子の
下から僕を見上げていた。