屋上の扉の前に着いた時には、はぁはぁと肩で息をしていた。
ここしばらくの間に随分体力が落ちちゃったな。
取り戻すのは結構大変かも。

そっと鍵穴に先生から借りた鍵を差し込む。
左に回すとガチャっと音がして、ギィ〜、と小さな音を響かせ
ながら重い鉄の扉が開き、僕はそのまま外に出た。


前回ここに来たのは2週間以上前。
以前来るのは昼間だったからいつも青空だったけど、
今日は薄く長くのびる雲が茜色に染まりかけている
空が僕を迎えてくれた。

この空だけはツカサ君と繋がっているんだ……


給水塔に続く梯子をのぼって振り向くと、道場には
電気が点けられていて、中で顧問の先生が柔道部の
先生と立ち話をしている様子が小さく見える。
学祭の打ち合わせでもしてるのかな?

僕とヒビキはクラスの演劇以外にも空手部の出し物を
やる事になっている。
とは言っても【見学会】という名前で、担当を決めた時間に
道場で形(かた)を見せるだけなんだけど。
毎年柔道部とは半々で道場を分けて使うんだけど、今年
柔道部は会議室で写真の展示をやるって言ってた。

……学祭か……
ツカサ君と一緒にまわりたかったな……


それにしても昼間来てた時は気が付かなかったけど、さすがに
電気を点けると中の様子が結構見えるんだ。
同じ場所なのに、昼と夕方では随分見え方や景色も違うもの
なんだな〜。

変な事に感心しながらコンクリートの台座をすすみ、いつも
僕が座っていた場所に腰を下ろした。


脚をのばし、コンクリートの壁に背中を預けながら正面にある
給水塔を見る。
前までは、いつもそこに太陽に照らされたツカサ君が座っていた。


触ってみると実は柔らかい、あちこちに立ち上がっている髪。
あんな風にしてみたら僕もツカサ君みたいに少し男らしく
見えるかな?と、髪を触ってみたあの日、家に帰ってから
お父さんの整髪料を使って鏡の前で悪戦苦闘してみた。
でも猫毛でツカサ君よりも少し長めの僕の髪は、どんなに
色々やってみてもへにゃっとなってしまって、ちっとも
ツカサ君みたいにカッコよくならなかった。

僕が着たらきっと膝まで隠れちゃうような大きな学ラン。
あの学ランの裾を掴んで寝ちゃったんだよな。
ツカサ君のアラームが鳴って目が覚めた時も、僕はしっかり
掴んだままだった。
赤くなりながら慌てて手を離し、ごめんね、と言ったんだけど、
やっぱり何も言わずにいつもの小さい笑顔を見せてくれながら
僕の肩をポンポンと叩いてくれたっけ。

学ランの胸ポケットに入っていた、ストラップも何も付けていない
アラーム代わりのブルーのシンプルな携帯。
じっくり見れたことは一度もないんだけど、それでも時々はちらちら
覗き見ながら、同じ機種の色違いをこっそり持てたらいいな〜
とか思ってた。
ヒビキとカナデがお揃いのブレスレットを持ってるんだけど、何だか
それを見てお揃いっていいな〜と思ってたんだ。
結局携帯の番号とメルアドさえ聞く勇気もなかったけど……

第一関節がつぶれた様に大きく腫れている、大きなごつめの手。
ツカサ君を見る度に、あの大きい体で戦っている姿を見てみたいと
思ってた。すごく強くてカッコいいだろうなって。
大きな手はいつも優しく僕の肩をポンポンと叩いてくれて、
その度にドキドキしながらもすごく嬉しかった。
あの手で頭を撫でてもらった時は、そこからツカサ君の温かさが
流れ込んで来て、僕の心を落ち着かせてくれた。

……そしてあの透明な瞳。
僕が膝枕をしてあげた時は、この狭い空間で少しだけ
窮屈そうに脚を曲げて、必ずあの透明な瞳で見上げてきた。
恥ずかしさでいつも自分から視線を逸らしてしまったけど、
それでもいつだってあの目が大好きだった。
安心出来る空気を持っていて、触れ合っている場所から流れ
込んで来るツカサ君の温かさが、いつも僕の不安を消してくれた。


ツカサ君について一つ一つ思い出していく度に、胸がドキドキして
痛くなって苦しくて泣きそうになる。
はぁ〜と溜息を吐いた。
……どうしよう。僕、こんなにツカサ君の事が好きだ……


ツカサ君は僕と過ごす時間をどう思っていたんだろう?
やっぱり昼寝を邪魔する、迷惑なクラスメイトだったのかな?
先生は何故ツカサ君が僕を守ろうとしたのか考えて来いって
言ってた。
ツカサ君は優しい人だからって単純に考えてたけど違うのかな?
いつも給水塔に寄りかかりながら、屋上の扉を開けて振り向く
僕に、小さく笑って答えてくれたけど……

ツカサ君の場所からは、屋上に入って来る僕はどんな風に
見えていたのかな……?

突然思い立っていつもツカサ君が座っていた給水塔の方に、
四つん這いで近付いていった。
そしてその場所に着くと同時に、床の一面が黒くなっている様に
見える場所を発見した。
ん?これ、なんだろ?
そのままの姿勢で頭を床に近付け、目を凝らしてその場所を
見てみる。
次の瞬間、僕は『あっ!』と声をあげた。