目が覚めると、目の前にヒビキの顔があった。
そしてその横にカナデとサトルの顔も。

「シノブ、俺の顔がわかるか?」

ヒビキがそう聞いて来たので、うん、と頷いた。
ふと周りを見てみると、どうやら僕は英語準備室の
ソファに寝かされているらしい。
それに窓の外はもう真っ暗だ。

僕どうしたんだっけ……?
ヨドカワ先生の机の方に目を向けると、机の上には
ビニール袋が置かれている。
そして袋の入り口からはつぶれたカツサンドとぐちゃぐちゃに
なった五目おにぎりがのぞいていた。
僕のお昼ご飯……
それを見た瞬間、さっきまでの事を一気に思い出して、がばっと
起き上がろうとする。
でもすぐにヒビキに止められた。

「ツカサ君はっ?!」

慌てて僕が聞くと、サトルが答える。

「ミナセは校長室に呼ばれた後家に帰った。
 マサシが今職員会議に行っているから、戻って来たら
 処分がわかるだろう。」

「……あの、先輩達は……?」

ヒビキがジッと僕を見た後、静かに口を開く。

「5人はどれもたいした事はない。打ち身や打撲程度だ。
 だが1人だけは鼻骨と前歯2本を折り、肋骨にヒビが入ったので
 3日間入院後、しばらく自宅療養だ。」

間違いなくヨシナガ先輩だ……
一番ひどかった先輩をやったのは僕なのに、やっぱり
ツカサ君に言われたような嘘なんかつけないっ!

再度起き上がろうとする僕の肩を掴み、止めようとするヒビキに
『放してっ!』と言って暴れるんだけど、さすがにヒビキには
敵わない。

「言わなきゃっ!ちゃんと本当の事……っ!」

泣きながら言う僕に、ヒビキが答える。

「……シノブ、俺達はちゃんと本当の事をわかっているから。
 お前の手や様子を見ても、あの3年の様子を聞いても、大体
 何があったかぐらいわかっているから。」

その言葉でふと自分の手を見ると、ちゃんと両手とも包帯が
巻かれている。
それを確認するのと同時に、ヨドカワ先生が英語準備室に
戻って来た。


「先生っ!ツカサ君の処分はっ?!」

ようやくヒビキが手を離してくれたので、僕は走ってヨドカワ先生に
近付いた。
すると先生は宥めるように僕の肩を優しく撫でてソファに座らせた後
自分の椅子に座る。
僕以外の3人も、先生が口を開くのを待っていた。

「3年生の5人は1週間の停学。
 首謀者と思われる3年生は2週間の停学。
 正当防衛が認められたミナセも2週間の停学だ。」

「正当防衛が認められたのに2週間なのか?」

サトルが聞くと、先生は頷いた。

「確かに正当防衛は認められるが、それにしても
 相手の怪我がひどすぎる。
 それから『屋上で何か音がする』と俺に言いに来た
 ハシモトシノブは、この件とは全く関係ないと判断された。
 だからハシモトが校長の所に行く必要もない。」

そう言って先生は僕を見た。
確かに校長先生が今の僕を見たら、きっとツカサ君の嘘が
バレてしまう。
だけど僕は『屋上で何か音がする』なんて言ってない筈。
なのに先生はどうして……

「俺はハシモトをソファに寝かせてオオトモの携帯に連絡を
 取った後、そのまま屋上に行った。
 屋上には3年生6人が倒れていて、ミナセは給水塔に
 寄りかかって座っていた。」

「……6人?」

先生の話に思わず言葉が漏れた。
……じゃあツカサ君は僕が出て行った後、先輩を屋上まで
運んだという事かな……?

「そう、6人。
 ミナセは俺に気がついて給水塔から降りてくると、
 『こいつらを病院に運んでくれ』と言った。
 そして『ハシモトは何て言った?』と聞くからそのまま答えたら、
 つぶれたパンとおにぎりの入った袋を渡されて、さっきの台詞に
 変えてくれと言われた。
 C組のオオトモとの関係をばらされたくなかったら、とご丁寧に
 脅しまで頂いたよ。」

先生が苦笑しながら言う。
……なんでツカサ君は先生とサトルの事を知ってたんだろ?
僕が考えていた時、また先生が口を開く。

「まぁとにかく今日はこのままみんな帰れ。
 この件はこれで終わり。
 だから今更ハシモトが本当の事を言ってもしょうがないんだ。
 俺はこの後屋上の鍵交換をする業者に付き合わなきゃいけない。
 どちらにしろ正式発表は連休明けだから。」

そう言って僕達を立たせると先生も立ち上がり、僕に近付いて来た。
そして僕の学ランの前ボタンを留め、詰め襟のホックも上まで閉じて
から、優しく話し出した。

「……ハシモト。
 今日は家に帰った後、ゆっくり風呂に入ってゆっくり眠れ。
 そして嫌な事は全部忘れるんだ。
 もしどうしても眠れない時はホットミルクが効く。
 そして来週からはしばらく詰め襟をしっかり閉じておけ。
 ……学校ではタカナシ双子もオオトモも俺も、みんなでお前を
 守るから安心しろ。」

先生の言葉を聞いて周りを見まわすと、ヒビキもカナデも
サトルも、みんな心配そうに僕を見ている。
思わずポロポロと涙が零れた。
それを見た先生が優しく抱き締めてくれる。
僕はしばらくその腕の中で泣き続けた。
きっと先生は自分と似たような事があったと察してくれたんだろう。
何も言わなくても、ちゃんと僕をわかってくれている人達がいる。
みんなに支えてもらいながら、ツカサ君が学校に帰って来るまで
一日一日を頑張っていこう。
そしてツカサ君が帰って来たら、守ってくれてありがとうと、
僕はずっとツカサ君が好きだったと、ちゃんと伝えよう……