「……へぇ〜、それで彼氏になる事にしたのか。」

俺より後に家に帰ってきたヒビキはさっさとご飯を掻き込むと、
ビクビクしている俺の腕をつかんで自分の部屋に連れて行く。
そしてベットに押し倒して俺の上に乗っかったまま、洗いざらい
話をさせた。

別に俺が悪い訳じゃないんだからビクビクする必要はないんだけど、
何故かこういう時のヒビキってすっごく怖いんだよね。

「いや、彼氏になる事にしたんじゃなくて、そういう事に
 しておくしかないかな、と」

「そんなもん嘘ついた奴が悪いんだから、
 わざわざカナデが気を使ってやる必要ないだろ?」

「あ、あの、でもさ、ちょっと可哀想かなって。」

「たかがそれだけの理由で、
 嫌がらせの手紙を受け取ったり浮気した彼氏役を引き受けたり
 するのか?
 お前、オンナを甘く見てると痛い目にあうぞ?」

「甘く見てなんて……
 そ、それに、元は俺と歩いてるのを見られたのが原因なんだし。」

その瞬間ヒビキの目が鋭くなった。

「……そうだよな。
 全てはカナデがオンナと一緒に帰ったりしたのが原因だよな……」

そう言ってヒビキは無理やり唇を合わせてくる。

「ん〜〜〜っ!」

俺は暴れた。
だって下には母さんがいるんだぞ?
いくら公認とはいえ、同じ家の中にいる時にいちゃつく事は出来ない。
ヒビキの背中を叩いて抗議する俺に、少し唇を離して言う。

「……カナデの様子がおかしい事にはとっくに気がついてた。
 だから話してくれるのを待ってたけど、結局何も自分から
 言ってくれなかったよな。
 それに今日の事だって、俺に見られてなければ
 言わなかったんだろ?
 俺からこうやって聞かれなければ、カナデは俺に何も
 言ってくれないのか?
 弟だから?
 俺はそんなに頼りない?」

辛そうな目でそう言って体を起こした。そして

「……俺、明日の課題やらなきゃいけないから。」

と俺に背を向けて机に向かってしまった。

その後、結局俺はヒビキに何も言えないまま自分の部屋に戻った。
何か話しかけようと思ったけど、
机に向かうヒビキの背中が俺を拒んでいる気がした。

きっと俺に信用されてないと思って、ヒビキは傷ついたんだろう。
でも、俺は誰よりもヒビキを信頼してるのに。
ただヒビキに心配かけたくなかっただけだった。
それに俺が兄でヒビキが弟だって事なんか関係ない。
というより、それを言うなら俺の方が兄貴なのに、
ヒビキに甘えてばっかりで嫌われるんじゃないかと常に不安なのに。

……こんなんじゃ付き合う前に逆戻りだ……

何だか涙が零れそうで、ベットに寝転がって腕で目を隠した。


翌朝俺が起きるともうヒビキはいなかった。
母さんに聞くと、試合前だから朝練が始まったんですって、と
言っていた。
そんな事一言も聞いてない。
付き合う前にヒビキが俺を避けていた時だって、
朝は必ず一緒に登校してたのに……

今日起きたら、傷付けてごめんって言うつもりだった。
俺はヒビキを誰よりも信用してるって……

ヒビキ、俺達こんなんでダメにならないよね?
俺、ホントにホントにヒビキの事が好きなのに……