ミスズちゃんは叩かれた頬を手で押さえ、目に涙を溜めながら
ヒビキの方を見る。
するとヒビキが静かに言った。

「誰かを好きになるのは決して悪い事じゃない。
 どんな事をしてでも振り向いて欲しい気持ちもわかるし、
 自分だけを見て欲しいと思う気持ちもわかる。
 だけど、それじゃ相手の気持ちはどうなる?
 例え無理やり既成事実を作ったとしても、カナデが
 あんたの方を向くと思うか?」

ミスズちゃんは下を向いてしまった。

「そこまでしてもカナデが欲しくなる気持ちはわかる。
 だけど、カナデはそんな事で手に入るような簡単な男じゃない。
 周りを散々巻き込んで、カナデ本人さえ傷付けるようなマネは
 いい加減止めるんだな。
 今回はこれで大目に見てやるが、もし次カナデに手を出したら、
 その時は俺が本気で相手をするから覚悟しておけ。」

静かな怒りに満ちたヒビキの声が廊下に響いた。
俺もサトルもシノブも黙っている。

すると廊下の向こうからミスズちゃんの名前を呼んでいる
女の人が来た。
顔が似ているからきっとミスズちゃんの母親なのだろう。
ミスズちゃんはもう一度ごめんなさいと頭を下げてその人の方に
行ってしまった。


ふぅ〜、と俺が小さく溜息をつくと、

「それにしても、カナデもえらい奴に好かれたもんだな。」

とサトルも同じ様に溜息をつきながら苦笑した。
すると

「嫌な予感はしてたけど、やっぱりカナデ来ちゃったね〜。」

とシノブも笑っている。

「カナデ、僕さぁ、あの子の事知ってたんだ。
 第一高の空手部に知り合いがいて、そいつらから聞いた事が
 あったんだよね。
 同じ空手部の奴らが紫野井って女と遊んでるって。
 で、見かけた事もある。」

「だからお前、カナデに名前を確認してたんだ?」

サトルが俺の気持ちを代弁するように言った。

「う〜ん、最初はあまり自信なかったんだけど、
 あれから部活が終わった後にヒビキと色々調べたんだよ。」

……ヒビキと?
じゃあ毎日遅かったのは俺の為に色々調べてくれてたから?
思わずヒビキを見ると、ヒビキは静かな目で真っ直ぐに俺を見ていた。

「色々調べている内に、カナデの前での純情そうな顔とは
 全く違う事がわかった。
 結構色々遊んでる子で、すごく我が儘らしいけど
 家が金持ちだから取り巻きは沢山いるんだ。
 で、一度欲しいと思った物はどんな汚い手を使っても
 手に入れるって。」

……全然そんな風に見えなかったのに……

「カナデは弟の試合を見に行くってあの子に言ったんでしょ?
 それを聞いたあの子が、今日カナデを捕まえるつもりだって、
 僕達は事前に知ったんだ。
 だからヒビキはカナデに来るなって言ったんだよ。」

シノブがそう言うと、サトルが

「じゃあタカナシが彼女に呼び出される事も
 事前に知ってたって事か?」

と聞き、シノブが答えた。

「うん、昨日帰る時ヒビキの下駄箱に『相談がある』って
 手紙が入ってたんだけど、
 その前に呼び出される事自体はわかってたよ。
 何を話されるのかまではわからなかったけどね。
 でも丁度いい機会だったし、
 そこで計画を知っている事を言ってやめさせるつもりだったんだ。
 まぁ僕が先生と打ち合わせが終わって様子を見に行ったら、
 カナデが違う奴らに捕まってて計画通りにはいかなかったけど、
 でもそのおかげでこうやって収まったしね。」

……そうだったのか……でも。

「でも、それならわざわざ俺に理由を隠す必要がないだろ?
 最初から教えてくれれば俺だって家でおとなしくしてたのに。」

言われた事を守らなかったのは俺だし、勝手な言い分だと
わかってはいるけど、それさえ知っていれば、
ヒビキに怪我させるような事もなかったんだ……

するとヒビキが口を開いた。

「……我が儘で二重人格で使う手は汚いしどうにもならない女だけど、
 カナデを思う気持ちだけは本物だとわかったから。
 だからせめてカナデに知られないようにしてやろうと思ったんだ。」