「カナデ、何でここに……?それにお前らは第一高に行った……」
ヒビキがそれだけを言って絶句している。
第一高とは俺達より数段レベルの低い高校で、
確か空手部のレベルも低かった筈だ。
突然の事に、ミスズちゃんも驚いて固まっている。
「久し振りだな、タカナシ。試合前にオンナと逢引きとは
随分余裕だな。
それに良く見たら、そっちのネエチャンは
紫野井美鈴ちゃんじゃねぇか。
二重人格とは聞いてたけど、
いつもと全然違って純情っぽいから一瞬わかんなかったぜ。
うちの部の奴らが良く世話になってるが、たまには
俺の相手もしてくれや。」
俺の口を抑えていた奴が相変わらずニヤニヤしながらそう言って、
残りの二人もギャハハと笑った。
「そう言やぁミスズちゃんは、
なかなか自分のモノにならない奴を攫ってくれって
うちの佐藤に頼んだんだってなぁ?
今日試合が終わった後にこの体育館で捕まえるって言ってたが、
じゃあそれがこのタカナシの兄だって事か。
さっきの話を聞いてれば、
攫った後に無理やりにでも既成事実を作るつもりだったか?」
図星なのか、ミスズちゃんはさっと青くなって震えている。
その間にヒビキが俺達の方に向かってきた。するとそいつが
「こんな所で暴力沙汰を起こしたら、
お前だけじゃなくお前の部員全員が試合に出場出来なくなるだろ?
もうすぐ地方大会の予選も始まるってのに、それは
困るんじゃないのか?」
と笑う。さすがにその台詞にヒビキが足を止めた。そして
「……目的は何だ?どっちにしろカナデは関係ないんだろう?
カナデに触れるな!」
とヒビキは怒鳴った。
「そういう訳にいかねーんだよ。
……お前には中学の時散々世話になったからな。
いつか仕返ししてやると思ってたけど、偶然にもいいカモが
手に入ったぜ。
どうするかは決めてなかったが……
お前と同じ顔のこいつを痛めつけるだけでも楽しそうだ。」
そう言ってニヤリとしながら俺の耳を舐める。
背筋に悪寒が走った。
思いっきり暴れようとするが、
さすがに空手部3人に抑えられれば全然身動きが取れない。
思わず目尻に涙が浮かぶ。
……ヒビキ、足手纏いな兄貴でごめん……
ヒビキの目が今まで見た事がない程凶悪に光った。
……ダメだ、ヒビキ!
俺のせいなんかでせっかく頑張って来た事を無駄にしないで!
俺は必死に目で訴えた。
でもヒビキは俺の方を全く見ずに、俺の耳を舐めた奴を
睨みつけている。
ヒビキの手が動くのが見えた。
ダメだーー!!
俺がギュッと目を瞑った瞬間、
パシンという乾いた音とともに、そいつが僅かに動いた。
目を開けると、そいつの頬を叩いたのはヒビキではなく
ミスズちゃんだった。