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その日の夜。
いつだったか、雅史が悲しそうに見上げていたブラインド越しの月。
俺には自分がふさわしくないと言って、雅史が涙を零した
このベッド。
今は俺がその場所で寝転がり、ほんのわずかの距離で穏やかな寝息を隣に感じな
がら、少し欠け気味の月を見上げている。 ※(Words Of...最終話参照)
ガキな自分に苛立って、自己嫌悪に陥ったりする日もあれば、
そんな俺も悪くないもんだと思える日もある。
英語の授業開始と共に、『淀川先生』 を見ていられなくてそこ
から逃げ出したくなる自分と、俺の側を通る時の 『雅史』 の足音を楽し
みにしている自分がいる。
どっちつかずを繰り返すだけで、なかなか成長出来ないそんな自分に、いつでも苛立って来た。
……本当はこんな俺の方が、雅史にふさわしくないんだろうな……
ふぅ、と小さく息を吐く。
そしていつでも堂々巡りの頭を切り換える事にした。
今日皆瀬と話をして、皆瀬がああいうヤツだって初めて知った
事が沢山あって、仲間意識というか、そういうのが更に強くなっ
た気がする。
だがそう思ってるのは俺だけではないんだろう。
帰り際皆瀬が俺を呼び止めて、あのデカイ手でギュウギュウと
俺の肩を揉みながら
『時が解決してくれる事も沢山ある。
あまり考え過ぎないで……今は 【愛】 にひたってろ』
と耳打ちをしたから。
正直言って肩が砕けるかと思うほどあの肩揉みは痛かったの
だが(それも皆瀬の黒い所か?)、最後、励ますようにポンポンと
肩を叩いてくれたので、わざわざそういう役回りを演じてくれて
いるのがわかったから、そんなものはどうでも良くなった。
だから
『お前って恥ずかしいヤツ〜っ!』
と笑って軽く殴り返しながらも、小声で 『サンキュ』 と返しておいた。
俺ってホント、いい仲間に囲まれてるよな〜……
しみじみ、仲間って良いもんだと思いながら、そろそろ寝ようと
掛け布団を被りつつ、こちらに向けられているTシャツの背中に視線を
移す。
あの日ブラインド越しの月を悲しそうに見上げていた雅史の
気持ちが、本当にわかっているのかと問われれば、やはり
そこまでの自信は俺にはない。
だが、わかろうと努力する事。
この背中が、もう二度と悲しみに震えないよう、俺が盾に
なって守ってやりたいと思い続ける事。
それ位なら今の俺にも出来る。
後は……時が解決してくれると信じてみよう……
最近は色々と忙しいらしく、雅史は学園からここに帰って来て
風呂から上がるなり、会話もそこそこにバッタリとベッドに倒れこんでしまった。
生徒に知られたら困る事もあるんだろうから、教師の雅史が忙しい理由を、
生徒の俺が理解してやるのはなかなか難しい。
だから仕事の愚痴でも聞いてストレスを発散させてやれない分、少なくともゆっくり
寝かせて休ませる位はしてやりたいと、雅史を起こさないようそっと頭に手を置いて、
柔らかい髪を静かに撫でてやる。
今の俺に出来るのは、それぐらいしかねぇからな……
皆瀬は、
『俺はただ、【橋本忍】 という人間に惚れただけだから。
惚れた事自体に迷いや後悔は更々無い。』
と言い切っていた。
皆瀬の性格だから普段それを口にする事はほとんど無いんだろうが、
その分それを裏付けするだけの、充分な行動で示している。
だからこそ、忍があれだけ全開で 『司大好きオーラ』
を発しまくれるのだろう。
あの二人の間にある、絶対的な信頼関係。
それぞれもとの性格もあるんだろうが、それだけではすまない事も
数え切れないほどある筈だ。
だからそれもまた、二人が努力している証なんだろうな。
……それなら俺だって、たとえ自分の中のもやもやがゼロでは
ない時でも、雅史だけにはそういう顔を見せないよう
努力し続けていこう。
性別や年齢の問題もそうだが、教師と生徒という今の俺達の間柄は、ただでさえ心配性の雅史にとってどうしても障害に成り得る要素が多過ぎる。
だがそれらに関してはどんなにあがこうとどうにもならない事ばかりなんだから、だったらせめて、今以上は不安にさせないように。
年下だろうがもっと頼ってもらえるように。
俺との事で、もう二度とあんな悲しい顔をさせないように……
雅史の前なんだから、どんな俺を見せたっていいんだ、と安心している
反面、雅史の前だからこそ、多少背伸びをしてでもカッコ悪いトコを見せたくないと、
意地を張り続ける自分がいる。
皆瀬の場合、普通だったら全てを投げ出してしまいたくなるほどの色んな壁を、
忍や周りのおかげだと感謝をしながら正面切って乗り越えて、そう
やって揺るがない今の自分を築き上げて来ているのだろう。
未だに往生際悪く思わず逃げ道を探したくなってしまう俺が、そんな皆瀬の
境地に達するまでには、やっぱまだまだ時間や経験や努力が必要なんだろうな。
……って言うか、まぁ最初から器が違う気がするから、そこを目指すだけ
無駄っちゃ無駄なんだろうが……
そんな事を考えていると、雅史が何やらむにゃむにゃ言いながら
寝返りを打ってぐりぐりと俺の腕の中に入り込み、そのまま
また気持ち良さそうにスースー寝息を立て始めた。
目が覚めている間は、何があっても俺の腕を枕にする事はない。
その上必ず俺に背中を向け、抱きかかえて寝ようとしても、
『暑い』 だの 『重い』 だのと文句を言って、俺を遠ざけてから
一人で寝てしまう。
だが相変わらず無意識な時は素直な様で、どんなに暑かろうと、
朝方には間違いなく俺に引っ付いて眠っていた。
俺の腕に預けられた、心地良い重みと確かな温もり。
ほのかに香るいつものシャンプー。
今は静かに閉じられている、綺麗な二重目蓋の目。
僅かに開いて穏やかな寝息を吐き出している、無邪気そうな唇。
……寝てる時はこんなに無邪気そうなのに、何で起きてる時は、同じこの口から
可愛げない言葉しか出て来ねぇんだろ……?
まぁそれは取り合えず置いといて、それでもこんな無防備な顔や様子を見ていると、
俺より6歳年上だなんて全く感じられない。
と言うより、やっぱ歳だの性別だのなんか、そんなのどうでもイイってなっちまう。
チっ
無茶苦茶可愛いと思っちまう自分がムカつくぜ……
何だか少し悔しくて、普段よりもわずかに強く抱き寄せると、雅史は軽く身じろぎ
しながらも俺の肩に顔を擦り付け、次の瞬間には安心したような笑みを浮かべながら
吐息を零している。
……。
チクショウ〜〜っ!!
起きてようが寝てようが、どこまでも俺を振り回してんじゃねぇよっ!!
ただでさえ今日はお預けを喰らってる事も重なって、余計にやり場の無い悔しさやら
何やらが急激に頂点に達してしまった俺は、思わず抱き寄せている腕の力をギュ〜っと強める。
せっかくゆっくり寝かせてやろうと思ってたんだぞっ?!
それがこんな態度しやがって、俺にどうしろってんだよっ?!
このままだと襲っちまうぞっ?!
OKかっ?!イイのかっ?!
……いや、イイ訳ないから。
ダメだっ。
冷静になるんだっ!
堪えろっ、俺!
頑張れっ、俺!
気合だぁ〜っ!!
雅史を叩き起こしてこのまま抱いちまいたい、と身悶えするほど
湧き上がって来る衝動を、しばらくの間、心の中(?)で一人七転八倒しながら
必死で抑え込む。
そしてようやく少し気持ちが治まったところで腕の力を緩め、
はぁ〜、と盛大な溜息を吐いた。
「……コイツに惚れちまったんだから、仕方ねぇよなぁ〜……」
ボソッと独りごちてみる。
結局最後は、いつでもそこに辿り着くんだよな……
俺だって別に、惚れた事を後悔なんかしていない。
だから不本意ながら皆瀬が言うように、今ぐらい素直に 【愛(?)】 にひたって
みっか。
さっきまでとは違い、柔らかい髪にそっと顔を埋めて静かに抱き寄せなおすと、
ヒトの苦悩を知りもしないで、雅史はすやすやとのん気な寝息を立てたまま俺の
背中に腕をまわして抱き付いて来る。
やれやれ……
再び盛大な溜息を吐きつつもやっぱ愛しくて堪らずに、キュッと優しく抱き締めて前髪に
キスを落とした。
……明日は何すっかなぁ〜
雅史が見たがってた海外ドラマのDVDでも借りて来て、それを見ながら
一緒にゴロゴロウダウダするか〜
あ、雅史の塩ポテチと俺のポカリ買い足さねぇと……
ウトウトし始めた頭の片隅でそんな事を考え、雅史の肩口まで掛け布団を
かけ直してやってから、ようやく俺は眠りについた。
……Is this LOVE??
− 完 −
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