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普段は言葉数が少なくても、いざという時には迷わずこうやって言い切っていく。
これが皆瀬というヤツなんだよな……

親の勝手な都合だの、訳のわからない理不尽さに散々振り回されたんだろうに、それを一人で ちゃんと乗り越えて自分というモノを認めてやり、その上で忍にあれだけの 安心感を与え続けながら、俺の急な悩み相談にもこうやってきっちり 答えを出してくれる。


皆瀬の爪の垢を、煎じて飲まなきゃなんねぇな……


「忍もそうかもしれないが、お前もやっぱ強いわ。
 俺だったら一人で右往左往して、結局とんでもない事に
 なってそうだもんなぁ〜。」

自分の情けなさと比較して思わずそう言葉を漏らすと、皆瀬は俺の 言葉を見越していたかのようにクスッと笑った。

「一人じゃないって。
 俺の場合は忍もいたし、今はお前達もいる。
 大友にも淀川がいるだろう?
 それに役に立つかどうかは別として、俺達をもっと頼ればいい。
 それが仲間ってモノだと思うけど?」

あまりにも説得力があるその台詞に、受け取っていた枕を知らず知らずに ギュッと抱き締めながら顔を埋め、ふぅ、と溜息を吐きながら、うん、と頷く。

……そう言われればそうだ。
どうも俺って、人より理解力がワンテンポ遅れるらしい。
皆瀬の話の何を聞いてんだよ、俺……

「イテッ!!」

皆瀬は今度、俺の飲みかけだったサイダーのペットボトルを テーブルから取り上げるなり、それで俺の頭をゴツッと殴った。
痛みというより驚きに顔を上げると、皆瀬は苦笑しながら 『あんまり考えるな』  ともう一度そのペットボトルで俺の頭を小突く。

「学園を辞めた時な、社長から
 『お前達の年代なんてみんな似た様な悩み抱えて、自分や
 周りに苛立って、ヤケになったり背伸びして足掻いたりして
 いる間に、いつの間にか通り過ぎて大人になってるもんだ』
 と言われたんだ。
 『だからそんなもんだと割り切って、たまには気が置けない
 仲間達とバカやりながら、溜まった愚痴もウサも発散させて、
 その分残りは歯食い縛って頑張れ』 って。
 散々あれこれ悩んで来たが、その時だけは何故かふと、
 社長の言う通りなのかもしれないと、単純に思えた。
 時間が解決してくれる事もある。
 だったら今悩んでも仕方がない事は悩むのを止めて、その時
 に出来る事をしようってな。
 大友だって普段はそう思っているんじゃないのか?
 そうじゃなければ色々と壁が多そうな淀川と、今までだって
 上手くやって来れてないだろう?」

ペットボトルを静かにテーブルに戻しながらも、真っ直ぐに俺を見続けている 皆瀬の視線が、今は痛いほど刺さっているように感じた。

……忍がいつも、『司の透明な瞳って、何でも見通しちゃうんだよ〜』 と 自慢げに言っているが、やっぱりそうなのかもしれないと、ここに来て実感する。

「そう……なんだろうな」

ボソッと漏らした俺の返事に皆瀬が軽く頷いたのを見て、自分でも曖昧な 部分さえすっかり見透かされているのはバツが悪いっちゃ悪いような気が しないでもなかったんだが、逆にそこまでわかってくれているからこそ、 今更カッコつける必要もないし、安心してこうやって相談が出来るのかも しれないとも思った。


ふわり、と入り込んで来たそよ風にハワイアン調のレースのカーテンが揺れ、 皆瀬は俺からそちらに視線を移すのと同時に、やっぱ俺のバツの悪さにも 気付いているのだろう、僅かに話題を移す。


「余談になるが、その時社長が
 『何かあっても俺が最後まで面倒見てやるから』 と笑って
 言ってくれたんだ。
 親ってモノが何なのかわからなくなっていた俺にとって、本当に
 ありがたい言葉だった。
 いい社長だろう?」

「……すげぇ……」

抱えていた枕をいつの間にかギュッと抱き締めながら、何と言ったらいいのか わからないが、皆瀬の社長が、すげぇという言葉じゃ足りないぐらい、 物凄くデカい人だな〜、と半ばマジで感動してしまう。
話を聞かせてもらっただけの俺でさえこうなんだから、その時の皆瀬は、 きっと今の俺と比べ物にならないぐらい感動したんだろうな……

案の定皆瀬は心底嬉しそうに、あぁ、と頷いた。

「親の事情に振り回されて状況を恨んだ事もあったが、こう
 やって尊敬出来る社長や先輩達に会えたのも、転校して
 龍門学園で忍やお前達仲間と出会えたのも、結果的には
 全てその状況のおかげだ。
 楽な事ばかりじゃないが、今では何もかもがこれで良か
 ったと思ってる。」

一つ一つの言葉を、丁寧に、そしてしっかりと言い切って行く皆瀬が、 普段以上に頼もしく見えた。

それはきっと本物の父親と親子になり切れなかった皆瀬が、 父親の肩代わりを丸ごと引き受けてくれた社長と出会えたから。
そしてその社長を後ろ盾に、皆瀬自身が忍から学んだ、何事からも 逃げずにぶつかって行くという姿勢を実行しているからなんだろう。


社長と言い忍と言い、皆瀬をここまで持って来てくれた人達との縁って、 マジですげぇもんだ……


いや、だがそれは皆瀬だけに言える事じゃない。
俺だって、皆瀬も忍も奏も高梨も、そして何より雅史も、今更ながら、俺が 出会った親友達や恋人との縁ってどれだけありがたいんだろうと思う。
……俺や皆瀬らの同学年組に雅史を足した6人の仲間内で、 俺だけ何故か非常にごく普通の男だってのは置いておいて……

だがその事を卑屈に思わず、コイツらと仲間でいられる事を 半端なく嬉しいと感じられるのは、コイツらが陰で抱えてる苦しみや辛さを、 俺の前でも遠慮なくさらけ出してくれるから。
それはやっぱり俺を信頼してくれてるからだって思ってイイんだよな?
それに普段、どちらかと言えば無口な皆瀬がここまで自分の話をしてくれたのは、 多分自分の経験を通して学んだ事を、俺に色々伝えてくれたかったんだろう。
だからこそって訳じゃないが、皆瀬でも忍でも奏でも高梨でも、心底 応援してやりたいと思うし、何かあった時にはどんな事でもしてやり たいって思うし、俺も雅史に言えない弱音を吐いたり情けない姿を さらしたり出来るのはここだけなんだと思う。
……『仲間』 だって、皆瀬が初めて口に出してしっかり認めてくれたのも、 何となく照れ臭いながら嬉しかったし。

皆瀬の社長が言ってくれた、『気が置けない仲間達』、バンザイだぜ。
だったら俺も、コイツらに負けてらんねぇな。


抱えていた枕を一度膝の上に置くと、気持ちを切り換える為に、両腕をぐ〜っと頭上に突き上げ、大きく伸びをした。
同時に深く吸い込んだ空気が、身体中に溜まっていたモヤモヤを一新してくれる気がする。

カッコ悪いし情けないしで、一時はどうしようか迷ったが、でもやっぱ皆瀬に 相談してみて良かった……

「色々、ありがとな。
 おかげで俺もまた頑張れるわぁ〜。
 だからたまにはまたこうやってお前の話も聞かせてくれたり、
 俺の愚痴も聞いたりしてくれよぉ〜?」

何となく残る気まずさを誤魔化すように、膝に乗せていた枕にボスボスと 軽く拳を叩きつけながら皆瀬を見てニカッと笑うと、わかった、とでも 言うように、『気が向いたらな』 と笑いながら頷いてくれる。
そして一瞬何かを考えるように間が空いた後、

「一応言っておくが、大友と淀川は、多分大友が思っている
 以上にイイ組み合わせだと思うぞ?
 性別がどうだの、大人だ子供だ年の差だ、なんて、どう
 でも良く思える程度には。
 見てて面白いしな。」

と返して来た。

「おいおい、俺達は見せモンじゃねぇぞ!」

苦笑してツッコみながらも、皆瀬の好意に甘えて、ここまでの話は笑って 終わらす事にした。

そして更に枕を抱えて頬ずりしながら、『俺に渡した以上、これにヨダレを 垂らそうがOKって事だよなぁ〜?』 と悪乗りしてみる。
すると皆瀬は楽しそうにクックと笑いながら、 『忍に言いつけてやる』 と長い腕を伸ばして容赦なく俺から枕をぶんどった。


「それは勘弁だぜ〜!
 『司の枕に何するのっ!』
 とか何とか怒鳴られた上に殴られるじゃねぇか!」

「これは忍のだ」

「おい。コラ。
 『俺のベッドに忍の枕』 って、冷静にノロけてんじゃねぇよっ!」

そんな言い合いをしながら一緒に笑ってふざけつつも、その時の皆瀬の笑い顔が 今まで見た事がないほどどこかガキっぽくて、 それが無性に嬉しい反面、やっぱり少しだけ切なかった。