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「忍がいなかったら、俺は今頃どうなってたんだろうな……」

少しの沈黙の後、後ろのベッドに置いてあった二つの枕の内の一つをあぐらの上に抱えながら、 誰に言うとも無く小さく呟く。

「忍が屋上に来始めた当初は、あの正義感の塊の様な
 性格だから、転校生でクラスから一人外れている俺を
 放っておけないんだろう、位の印象だった。
 それが、昼を一緒に過ごしたり学園での様子を知って
 行くうちに、同年代には珍しい面白い奴、になった。
 本人的には色んな悩みもあったんだろうが、それでも
 いつでも真っ直ぐで真っ正直でいようとする、格好を
 つけない変わった奴だったから。
 そのうち目が放せなくなって、あの明るさの裏側にある、
 俺には無い芯の強さも知って、同時に、あの笑い顔を
 向けられる度に俺の中の苛立ちがいつの間にか消えて
 行って、気付いた時には完全に参ってた。」

忍の明るさの裏にある、芯の強さ……?

抱えた枕をポンポンと軽く叩きながら話す皆瀬を横目で見ながら、 俺が知っている限りの、忍に関する事を思い出してみる。

そう言えば、あんな忌まわしい事をされた先輩にもしっかり向き合って、 そんな奴の気持ちすら思いやった上で自分から握手をしていったんだったよな。
それにどこかでイジメがあると聞けば、どんな時でもすぐに飛んで行っては、 自ら体を張ってソイツを守る。
そして守られた側だけではなくイジメた側も、いつの間にか忍のあの ペースに巻き込まれて、そんな事なんかどうでも良くなる上に忍を 放っておけなくなって行くんだ。
そういうやつらもファンクラブの一員になっているらしいと、ついこの前高梨が言っていた。
とは言っても当然全てがうまく収まるわけじゃないから、その分、マイナスな キツイ思いを抱え込む分量も必要以上に多くなる。
だからそれが飽和状態になる度に俺達の前で号泣したりはするんだが、 それでも散々泣く事でリセットした後にはまた明るく笑いながら、自分の信念を どこまでも貫き通そうとする。
ただの見た目や天真爛漫さだけじゃない、忍が学園アイドルとして祭り上げられるには、それを裏付けるだけの理由があった。

「……ファンクラブの奴らじゃねぇが、忍の強さに引き込まれ
 るのって、わからないでもないなぁ〜。
 考えてみれば、クサったりイジケたりするのは簡単だし誰に
 でも出来るが、諦めずにそっから何とか抜け出して、後を引か
 ずにまたあんな風に屈託無く笑うのって、よっぽど強くなけ
 りゃ出来ねぇ事だもんな。
 天然なのは言うまでもないにしろ、それをやり遂げようと努力
 し続ける忍には、よくよく頭が下がるわ。
 細かい事でいつまでもグジグジ悩んで、結局適当に誤魔化し
 てる俺より、よっぽど強くて男らしいぜ。」

改めて思い返してみた忍の印象を話すと、皆瀬は誇りなのか 寂しいのか、はたまた別の何なのかは全くわからない表情を一瞬浮か べたものの、それでもどこか嬉しそうに笑った。

「何度へこもうが、それでもまたぶつかって行く忍の強さに
 出会えたおかげで、俺も自分の思いを誤魔化して逃げ出さ
 ずに、離婚前も後も、一度も話をして来なかった父親と腹を
 割って話し合ってみようと思えた。
 向こうからも、離婚話が持ち上がった当初からうるさい位に
 話がしたいと言われていたしな。
 まぁ退学した直後のあの忙しかった時だったから、時間的
 には長くはなかったが、それでもその時に色んな話をして、
 それまで聞かずに来た事も改めて知ったし、俺の思いも
 ほぼ正直に話せた事で、ある意味すっきりした。
 子供の立場としては聞きたくない話も確かに沢山あったが、
 だがそのおかげで親子としてではなく、同性に惚れた同じ
 男同士として率直な話も出来たし、理解出来た事も多かった
 から、だから本当の意味で離婚を受け入れられた。
 今でもイイ父親とは思ってないが、それでもそれなりにイイ
 話相手にはなっただろう。
 忍に会う事無く、あのまま自分自身から逃げ続けていたら、
 多分今でも苛立ちだけの、無駄な毎日を過ごしていたと思う。
 だから忍には本当に感謝している。」

皆瀬はもう一度静かに笑って、片腕で枕を抱えたまま親父さんがくれたというベッドを ポンと叩いた。

「もし俺が大人に見えるんだとしたら、多分そんな流れが
 あったからだろう。
 それだけでも、俺も努力のし甲斐があったな。」

……そうか。
そうだよな……
何で初めに気付かなかったんだろう?
この静かな笑みは、雅史が時々見せるモノと同じじゃねぇか。
苦しい事も悲しい事も、今更どうにもならない事も全部を飲み 込んで、それを受け入れた自分自身に、静かに笑って見せる。
そしてまた、次に向かって進もうとするんだ……


だがどんなに平気を装って大人に見えたって、実際は俺と同じ 歳の皆瀬が、両親の離婚だのその理由の普通で無さだのそのせいで 学校を辞めて働かなきゃいけないだの、納得いかない嫌と言う程の現実を次々と 突きつけられて、辛くなかった筈がない。
ましてや当時はそれを吐き出せる場所もなく、ただただ大人になろうと、 それを受け入れたくない子供な自分を抑え続けて来たんだ。

俺だって好きでガキなんじゃない。
それと同じ様に、皆瀬だって好きで大人になったんじゃない。
皆瀬も、子供と大人の狭間でもがいてたんだ……


「……なんか、悪かったな。
 俺、すげぇ無神経に色々言っちまった。」

どうにもいたたまれずに頭をポリポリ掻きながら謝ると、今度の皆瀬は明るく笑って、 抱えていた枕をブンッと放り投げて来た。
イキナリの事にうわっと焦りつつも、俺はボスッとしっかりそれを受け取る。

「まぁそうは言っても、俺をここまで引っ張ってくれた忍本人は
 全くわかっていないだろうし、別の悩みは尽きないけどな。」

「……次に何を仕出かすかわからないし?
 すぐに余計な場面に首を突っ込むから心配ばかりだし?
 おかげで学園のアイドルなんかやっちまってる上に、
 まるで自覚がないし?
 おまけに変な所で思い込みが激しくて頑固だし?」

やり所の無い枕を、膝の上で何となくいじりながら思わず クスッと笑うと、皆瀬も、うんうん、と頷いて 『忍だから』 と苦笑する。
だが最後にもう一度静かに笑って、こう言い切った。

「他で悩むのは初めからわかりきっていたから別として、
 たとえ忍がオンナだったとしても、自分の倍以上歳が
 離れていたとしても、今と全く同じ様に惹かれたと思う。
 性別や年齢以前に、俺はただ、【橋本忍】 という人間
 に惚れただけだから。
 惚れた事自体に迷いや後悔は更々無い。」