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忍と皆瀬が、改めてド派手な恋人宣言を終えた翌週の土曜日。


シフトの都合で急遽バイトが無くなった俺は、同じく仕事が休み だった皆瀬の家に、みんなより一足お先に遊びに行く事にした。
雅史は最近何かと忙しいらしく夜まで学校で仕事だし、高梨と 忍は夕方まで空手部の部活、奏は 『みんなで軽くつまめそうな 物でも作って行くよ』 とありがたい事に言ってくれ、現在午後3時、 先程交わしたメールからもまだ自宅で料理中なんだとわかる。

本来なら奏が来る時間に合わせて遊びに来てもいい所だったんだが、 俺は以前から少々皆瀬に聞いてみたい事があった。
なので、丁度いい機会だったし一人で先に邪魔している。


「なぁ皆瀬、ちょっと聞いてもいいか?」

俺がそう切り出すと、いつもの位置に座って物理の参考書を眺めて いた皆瀬が、視線を上げて俺の方を見ながら頷いた。

「お前さぁ、……忍の前に男と付き合ってた事、あるか?」

一瞬驚いた様な顔を見せた皆瀬だったが、俺がいつになく真剣な 事に気が付いたのだと思う。
すぐに何かを察したような表情をして、『いや、無いな』 と答え ながら持っていた参考書を閉じて脇に置いた。
それをいい事に、俺は次の質問をする。
勉強の邪魔をするのは多分に申し訳ないんだが、皆瀬と二人なんて そうそうある事じゃないし。

「俺が言うのもなんだけど、男同士って、普通有り得なくねぇ?
 学校が男ばかりだからってのもあるのかもしれないが、かと
 言って俺はバイト先とか電車とか、オンナ達とお知り合いに
 なろうと思えばいつでも出来る環境にある。
 実際オンナ友達も少ない方じゃないだろうし。
 それに健康な17歳なんだから、言い方悪りぃが、物色してた
 っておかしくないだろ?
 なのに今じゃ、そんな気になんか全くなれねぇんだよな〜、
 ホモじゃねぇのに。
 だから今でも、時々自分がおかしいのかと思っちまいそうに
 なる時がある。
 お前はそういうので悩んだりしないのか?」

すると皆瀬は 『大友が一人で来るなんて珍しいと思ったが、 それが本題か』 と面白い物でも見るかのように片眉を上げた。
俺は何となく感じるバツの悪さを、まぁな、と笑って誤魔化す。
皆瀬はそんな俺を横目で見ながら、テーブルに置いてあったコーラの残りを ゴクゴクと飲み干した後、空になったそれをゴミ箱に向かって放り投げた。

ペットボトルは綺麗な放物線を描きながら小気味良くシュポンと ゴミ箱にハマり、イイ男ってのは何をやらせても様になるもんだ、 と羨ましさ半分、悔しさ半分で思う。

「性別以前に、惚れた奴以外興味ないのは当然だと思ってるから、
 相手がたまたま同性だからって、それは変わらない。
 まぁ俺も男は初めてだから、細かい事まで上げ出せば何も悩んだ
 事が無いとは言わないが、それでもほぼそれに近いだろうな。」

「あ〜、やっぱそうなんだ?
 ……それにしてもお前ってホント、迷いが無くてすげぇよな〜。
 俺なんかいっつもグダグダしちまうのに。
 どうやったらそんな風に割り切れんだよ?」

皆瀬の答えを聞いて、やっぱ俺みたいなガキとは違うよな〜と、 思わず愚痴が漏れる。
皆瀬は苦笑しながら 『性格だろうな』 と言った後、それに、と 付け足した。

「忍が男だったおかげで、親の離婚を本当に受け入れ
 られたってところだから。」

「……あ?何?どういう事?」

話の流れがイマイチよくわからない。
今皆瀬は 【忍が男だったおかげ】 と言ってたが、それと皆瀬の 両親の離婚話が、どう関係あるんだ……?


開け放していた窓から、さわさわという心地よい風が入って来る。
もう何度となく遊びに訪れている皆瀬の家。
いつの間にやら勝手に俺達のたまり場として使わせてもらって いて、最初は殺風景だったこの部屋に、何故だかハワイアン調の 模様が入った、ふんわりと風に揺れているレースのカーテンを、 嬉々として忍が選んだという話も忍本人から聞かされていた。


皆瀬は少しの間、先程捨てたペットボトルを眺めた後、 風に流れる前髪を掻き揚げながらそのレースのカーテンに 視線を移す。
そして

「淀川がオンナだったら、淀川に惚れた自分に納得が行くのか?」

と、思ってもみなかった質問を返して来た。
さっき俺の質問に驚いていた皆瀬と同様、今度は逆に俺が一瞬呆気に取られた ものの、俺は慌ててその答えを自分の中に探し始める。

雅史がオンナだったら。

……そんなの考えた事もなかった。

「いや、んん〜……雅史は雅史なんだし、男で当たり前だろ?
 んで、それがオンナだったら、とか言われても、年の差とか、
 教師と生徒とか、あの可愛げない物言いだとか、俺達の間には
 他にも色々あるわけで、だからオンナだったら納得がいったとか、
 そういう問題じゃなくて、雅史が雅史だったから今みたいに
 なったっつーか…………ん?」

ごちゃごちゃした頭を整理する事もなく、そのまま口に出して話して みる内に、何だかオトコだとかオンナだとか、そんなのはどうでも いいような気がして来た。
と言うより、性別がどうであれ、雅史に惚れちまった俺自身を認める のが悔しいのかもしれない、とさえ思えてくる。
普段はそれで、合点がいってる筈なのに……

その時によってあっちこっちと揺れ動く、いつもの俺の悪いクセ。
……もしかしてこれって、物凄く往生際が悪いって事か?

こんな風にダメ押しされるなんて、俺って情けねぇ〜……と、改めて 認識させられて深い溜息を吐いていると、『みんなそんなもんだろう?』  と、皆瀬は同調ともからかいとも受け取れる顔をした。


「たとえどんな相手と付き合ったとしても、色々な悩みがあるのは
 誰しも一緒なんじゃないのか?
 まぁ同性って所は普通あまりぶつかるモンじゃないから、大友が
 余計悩むのもよくわかるけどな。
 参考になるかどうかはわからないが、俺の場合、幸か不幸か、
 忍と出会う前からその壁にはぶつかっていたから、その分その
 問題には耐性があったんだろう。」

……男と付き合ったのは忍が初めてなのに、その忍と出会う前から同性の 壁にぶち当たっていた……?

忍が選んだというレースのカーテンを眺めていた皆瀬が、 ゆっくりとこちらに視線を移した。
それが普段の皆瀬らしい落ち着いた様子でありつつも、その瞳だけが 一瞬違和感を感じさせる。
だが俺が、ん?と疑問に思う間も無く、パチリと瞬きをしていつもの 目に戻った皆瀬は、

「忍にはまだ言ってないが、離婚の理由が特殊だったんだよ。
 父親にオトコの恋人がいました、ってな。
 だから最終的に血は争えないって事で、自分の中で折り合いを
 付けた。」

と、肩をすくめて苦笑した。


……多分俺は今、ものすごく大間抜けなツラをしてるだろう。
あまりの驚きに、言葉も何も出て来やしない。

もしや俺は、パンドラの箱を開けてしまったんじゃ……
……っ待て待て待て。
焦るな焦るな。
皆瀬が、忍にもまだ話してないこんな大事な話をしてくれたって 事は、それだけ俺を信用してくれてるって証なんだろうから、 ここは落ち着いて考えろ、俺……

とにかく子供にとってみれば、親の離婚というのは人生観を 一変するほどの一大事だろう。
その上その原因が、普通では考えられないような理由だ。
生憎私生児である俺には、生まれつき父親という存在がいな かったので、その思いを本当にわかってやれるのかどうかは イマイチ自信がないんだが。
だがそんな俺でさえ、皆瀬がどれだけ傷付き、苦しんだのかは 想像に難くない。

……それにしてもそれだけの事をちゃんと受け入れて、俺の突然の 悩み相談にも 『参考』 と言いながら今こうやって話してくれる 皆瀬って、やっぱすげぇよ……


「皆瀬ってホント、つくづく大人だよな……」

しばらくしてから、俺はまた深々と溜息を吐いた。

「俺さぁ〜、さっき言ったみたいに、いまだに時々男同士ってのが
 引っかかっちまったり、年の差に引っかかっちまったりする事が
 あんだよ。
 あ、別に、今更雅史が嫌だってんじゃないぜ?
 そういうんじゃなくて、なんてーか、フツーにタメとか年下のオンナ
 と付き合ってたのとは何かと勝手が違うから、変に色々こだわっ
 たり戸惑ったりして、そこを簡単にスルー出来ない自分が嫌だっ
 つーか……」

皆瀬の事情にはあまり俺から触れない方がいいだろうと思ったし、 俺の変な質問にもちゃんと答えてくれたわけだから、カッコ悪かろうがなんだろうが包み隠さず、 そもそも俺が何であんな事を聞いたのかの説明をしようと思ったのだが、 いざとなるとなんと言っていいものやらわからない。
だが皆瀬は、わかってる、とでも言うように頷きながら、『で?』  と促してくれたので、俺は一度ゴクリと唾を飲み込んでからそのまま話を続けた。

「雅史は実際年上な訳で、その上担任の先生としての姿を
 日々見せ付けられる訳だから、やっぱ俺より大人だって
 トコを嫌でも見なきゃいけねぇ瞬間が沢山ある。
 でもその雅史よりも、どっか大人でいたいって思ってる
 俺がいる。
 だがそう簡単に大人になんかなれねぇし、かと言ってそう
 いう自分は認めたくないから、何かある度に、男同士だか
 らか?とか、そういう逃げの理由を付けたくなる。
 それじゃダメなの、充分わかってんのになぁ〜……」

自分の不甲斐無さへのイラつきと、こんな所で弱音を吐いている 情けなさとを、頭をガシガシと掻く事で誤魔化した。

「そんなんでさぁ〜、変に雅史に対抗しようとして、結局いつ
 でもどっちつかずになっちまう自分が、やっぱガキくせぇって、
 いつも堂々巡りしちまうんだよな。
 だからそれだけ大変な事があったのに、それでも大人な対応が
 出来る皆瀬見てると、すげ〜羨ましくなる。」

そんな言葉を漏らした俺に、皆瀬は静かに笑った。
……なんだっけ?
この笑い方は、どこかで見た覚えがある……

「大友の気持ちは、わからないでもないな。
 俺も、なかなか子供から抜け出せない俺自身に、かなり
 苛立って来たから。
 それにその時々で自分がブレるなんてのも、俺だってよく
 ある事だ。」

「皆瀬が、か?」

目を丸くして思わず聞き返すと、皆瀬は 『俺を何だと思ってるんだ?』  と苦笑した。


「カッコ悪い話だが、親の離婚にはかなり振り回された。
 事情も状況も、周りの全部に納得いかなかったからな。
 それでも所詮子供で、社会的に何の力もない以上従うしかない。
 だから何もかもを理解出来る大人のフリをして、体が弱い
 母親に、せめて俺の事では苦労かけないようにしてやる以外、
 何も思いつかなかったんだ。
 だがいくら大人のフリをしても、本当には納得しきれてない
 子供な俺がいつも中で燻ぶってて、そんな自分に腹が立つやら
 情けないやらで、どうにもしようがなかった。
 だからこそ、一日も早く本物の大人にならなければいけないと
 思って来た。」

そこで皆瀬はフッと息を吐き出し、『たとえもう少し子供のままでいたいと 思ったとしても、そう出来る環境は、俺には無いしな』 と笑う。


皆瀬が大人な理由。
皆瀬が大人でなければならなかった理由。

……何かを悟ったような諦めたような、そんな静かな笑い顔が、チクリチクリと胸を刺す、 いつまでも抜けないトゲのように胸に刺さった。