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「奈緒美さんの友人で斉田(サイタ)さんという人が
 ファッション雑誌の編集スタッフをしているんだが、
 使う予定だった男のモデルが事故に遭って急に撮影が
 出来なくなった。
 締め切りもあるし、女性モデルのスケジュールの都合で
 日程を替える事が出来なかったから、すぐに代わりを探し
 たそうだ。
 だが比較的背が高いそいつに合わせて用意していた衣装に、
 サイズが合う奴が見付からなくて困っていたらしい。
 その話を聞いた奈緒美さんがたまたま身長が同じだった
 俺の話をして、二人で突然俺の仕事先に現れた。
 それが1ヶ月前の土曜だ。」

「1ヶ月前って……仕事先で髪を弄られたって言ってた時?」

司がうん、と頷きながら 『何だかよくわからないまま髪を弄られたり渡された服に着替えさせられたりして、それを見て代わりをやって欲しいと頼まれた』 と言う。

「モデルなんて柄じゃないし、正直興味も全く無い。
 でも奈緒美さんにはいつも世話になってるし、社長にも
 頼みを聞いてやってくれと言われれば断れないから。
 だから土曜はそっちの仕事を手伝っていた。」

「じゃ、じゃあ仲が良さそうに歩いてたっていう年上の
 女の人って……?」

司が訝しげな顔をする。

「……仲が良さそう?
 いつの話かもどこで俺を見たのかもわからないが、女性と
 歩いていたなら奈緒美さんか斉田さんのどちらかだ。」

「ででででも、先週う、う腕を組んで公園にいたって……
 ……だ、だから僕と司が別れたんじゃないかって噂が……
 それに……あ、あの日司から甘い匂いがしてた……」

しどろもどろになりながら言うと、司は何かに思い当たったように 『そういう事か……』 と言いながら深い溜息を吐いた。
そして僕の頬を離すと同時に両脇に手を差し入れてひょいと体を持ち上げ、そのまま向かい合わせに膝の上に跨がせる。

二人で一緒にいる時の、僕が一番好きな場所……

いつもならそのまま司の首に手を回すんだけど、今はどうしたらいいんだかわからなくて、彷徨わせた手でトレーナーの裾を握り締めた。
すると司は僕の両手を上から握りながら手を外させ、自分のパーカーの胸辺りを掴ませる。
何だか妙に恥ずかしくて一気に顔が熱くなり、慌てて手を放そうとしたんだけど、司は僕の手を上から握ったまま離してくれない。
どうしよう、どうしよう、と真っ赤になったままあたふたしている僕にはお構い無しに、司は透明な瞳で僕の目を覗き込んで来た。

「先週俺が、具合悪くなりそうなほど香水臭いモデルの女に
 渋々腕を組まれてベンチで座っていた時、すぐ傍に俺達を
 撮影しているカメラがあったりスタッフが何人かいたり、
 それを見ている野次馬がいたりという話は聞かなかったか?」

思わずポカンと口を開けて司を見ながら首を横に振る。
司は 『やっぱりな……』 と言ってまた深い溜息を吐いた。

「野次馬の中に龍門学園の学ランを着た奴らが何人か見えた
 から、そこから出た話が忍に伝わったんだと思うが、俺が
 公園にいるのを見たって言うならどうやってもカメラやスタ
 ッフが目に入らないはずはない。
 その部分が話から抜け落ちている理由が故意だとまでは
 言わないが、噂話というのは伝わって行くうちに間にいる
 人間達の思惑がいつの間にか入り込むものだから。
 それから忍が感じた匂いの原因もわかっただろう?」

あの甘い匂いは一緒に撮影をしたモデルの人のだったんだ……
それに以前司が学園にいた時、司に関しては本当に色んな噂が飛び交っていたけど、そのほとんどがでたらめだったんだっけ……

「じゃ、じゃあ、どうしてモデルをしてるって僕に教えて
 くれなかったの?」

「忍は副部長になったばかりで色々大変だったし忙しかった
 だろう?
 それに練習試合も続いていたから、余計な事で気を逸らせる
 よりは、一通り終わった今日話をしようと思っていた。
 俺も今日で撮影が全部終わりだったしな。」

「え、えと……昨日の電話の女の人…は?」

司は何の事だかわからないようで、『電話?』 と首を傾げる。

「……でで電話切る前……司、って呼び捨てで……」

司は納得がいった様に 『あぁ』 と言った。

「社長の家に泊まると言っただろう?
 今朝は現場が早かったから、俺と同じ様に泊まりだった
 先輩達は、昨日仕事が終わり次第社長と家に向かう事に
 なっていた。
 でも俺だけは夕方から撮影があったから、奈緒美さんが
 撮影場所だった公園まで車で迎えに来てくれたんだ。
 駐禁の場所に停めていたから待たせる訳にいかなくてな。
 泊まったついでに直してもらった仕事着ももらって来た。」

……そうだったんだ……
こうやって話を聞かせてもらえば別に何でもない事ばかりだったのに、『疑い』 という色眼鏡と 『不安』 いうフィルターを通して司を見るようになってしまっていた僕には、全ての事がおかしいとしか見えなくなっていたんだ……

するとポンポンと優しく肩を叩かれた。

「訳がわからないまま噂話を聞かされたり色んな事が重な
 ったりしたから心細くなったんだろう?
 でも俺にとって忍の性別は今更問題じゃないし、子供だ
 ろうが大人だろうが、忍が忍でいてくれればそれでいい。
 心配しなくても、俺だって誰にも負けないぐらい忍が好き
 だと思っている。」

……震える手でパーカーをギュッと掴みなおし、痛くなるほど下唇を噛み締めていても、心臓は破裂しそうなほどドキンドキンと大きく脈打ちながら勝手に顔に血をのぼらせていく。

司はそんな僕の髪をクシャッと撫でて、いつも通りに小さく笑った。

「もう少し早く話しておいてやれば良かった。
 不安にさせてごめんな?」

その言葉に、止まっていたはずの涙が一気にブワッと溢れ出した。
でも涙と一緒に勝手に漏れる嗚咽にも構わずに、何度も何度も必死で首を横に振りながら、司の首にギュウゥッと抱き付いた。

「……疑っ…ちゃって……ごめ…ん…なさい……っ!」

しゃくり上げながらも一生懸命謝った。
僕を裏切ったりしないってわかってた筈なのに、それをちゃんと信じられなかった自分を棚に上げて司を疑ってしまった事が申し訳なくて、それでも優しい言葉をかけてくれる司がやっぱり好きで好きで堪らなかった。

司はフワリと僕を抱き締めて、『わかってるから』 と安心させるように優しく後ろ頭を撫でてくれる。


もう二度と司を疑ったりしない……
これから先たとえどんな噂が立ったとしても、それに振り回されない強い自分になって、絶対に司を信じてついていこう……


『ごめんなさい』 と何度も謝りながら、いつも僕の不安を消してくれる大きくて温かい腕の中で、芽を出していた疑惑の種を全て涙で洗い流すように大声をあげて泣き続けた。