【今帰って来た
シャワーを浴びてから行く】
司からメールが来たのは夜の8時頃。
昨日と同じ様に、学ランのままソファに転がって考え事をしていた僕は、それを見てドキンと心臓が跳ね上がる。
司が来るまでに自分の考えをまとめようと思っていたのに、頭の中はぐちゃぐちゃになったまま答えなんて全然出て来なくて、結局 『別れたくない』 という言葉と司が女の人と一緒にいる変な妄想と言い知れぬ不安だけがグルグルと僕を取り巻いていた。
【お疲れ様!待ってるね♪】
いつもだったらもっともっと沢山言葉を書くし絵文字もいっぱい使うんだけど、今の僕にはそれが精一杯だった。
ピッと送信ボタンを押し、そのまま手の中にある携帯を見つめる。
司とお揃いにした僕の携帯。
昼間過ごす場所は離れていても、この携帯を持っているだけでいつでも司と繋がっている気がしてた。
ブルーの司とレッドの僕。
嬉しくて嬉しくて、いつだって一緒にいる間はずっとテーブルの上に並べて置いて、時々は司に苦笑されながら、ほぅ〜、と溜息を吐きつつ眺めたんだ。
あの幸せな時間も……なくなっちゃうのかな……
パタンと閉じた携帯をテーブルの上にそっと置くと、急いで自分の部屋に行って着替えを出し、シャワーを浴びに走った。
****************
1時間も経たない内に玄関のチャイムが鳴ったので、思っていたよりも早かった事に驚きながら慌ててドアを開けた。
そして僕は自分が緊張していた事も忘れて、目の前に立っている司にポ〜っと見蕩れてしまう。
和風の刺繍が入った白いスウェットのダボパンツに上もお揃いの白いパーカー、黒のTシャツに僕の大好きなシルバーのイヤーカフ。
司が身に付けるのは、ほとんどが社長の奥さんである奈緒美(ナオミ)さんのお店で安く買ったりもらったりした物。
実はチェーン店もいくつか出しているというやり手の奈緒美さんは司の好みも似合う物も良くわかっていて、おかげで僕は司のカッコ良さにいつもドキドキしてしまう。
……それに比べて僕はポケットがいっぱい付いた普通のカーゴパンツに、白いプリントが入った赤いトレーナー姿で、まるで子供みたい。
これじゃあつり合わなくて当然だよな。
こんなにカッコいい人が僕の恋人だなんて、やっぱり夢なのかもしれない……
「入れてくれないのか?」
ハスキーな低い声で少しだけ可笑しそうに話しかけられ、パチパチと瞬きをしてから頭一つ以上上にある司の顔を見上げる。
すると司は買って来たジュースが入っているコンビニの袋を提げた手をポケットに突っ込んで、マンションの廊下に立ちっ放しのまま苦笑しながら僕を見下ろしていた。
「わっ!!ごめんねっ!!」
自分が入り口を塞いでいた事に気が付き、真っ赤になりながらあたふたと端に寄ると、司は小さく笑いながらポンポンと肩を叩いて中に入って行く。
黙っているとちょっとだけ怖い人に見えるけど、でもいつだって僕に優しく笑ってくれる。
その笑顔を、女の人に向けたんだろうか……
大きくてごつめの、大好きな大好きな手。
その手が、女の人に触れたんだろうか……
玄関の鍵をしめてから居間に行くと、司はいつも通りソファに腰を下ろして買ってきたジュースを袋から出しているところだった。
どこに座るか一瞬悩んだものの、結局僕もいつも通り司の隣に座る。
そしてふとテーブルの上を見ると、置いてあった僕の携帯の隣に、司のブルーの携帯がちゃんと置かれていた。
やっぱり司はこんなに優しい……
胸が震えて泣きそうだった。
こういう何気ない優しさが堪らなかった。
この優しさが誰か他の人に向けられるなんて……
……司の口からそんな言葉、聞きたくないよ……
****************
その後は司にもらった大好きなリンゴジュースの蓋を開ける事も無く、コーラを飲む司の隣りで僕はひたすら一人で喋り続けた。
司が何かを喋ろうとしても、それを遮るように学校の事とか空手の事とか思いつく限りの話を延々と一人で。
司が口を開くのが怖くて堪らなかった。
口を開いたら、やっぱり女の人の方がいいって言われるんじゃないかって、やっぱり別れようと言われるんじゃないかって……
司は最初、視線を逸らしたままひたすら喋り続ける僕に怪訝そうな顔をしてたけど、取りあえずはうんうんと頷きながら聞いていた。
でもいい加減話題が尽きてしまい、あっちを見たりこっちを見たりして話題を探している僕に 『忍』 と声をかけて来る。
思わずビクッとしてしまうけれど、それでも何か話題を探そうと、焦りながら 『えっと、えっと』 と必死で部屋中を見回す僕の頭をクシャッと撫でて自分の方を向けさせた。
どこまでも透明な、澄んだ瞳で僕を見詰めている司。
その瞳には、ちゃんと向き合って話そうとするあらがえない強い意志が見えていて、僕はゴクリと唾を飲み込んだまま視線を逸らせなくなってしまった。
でも……