シリーズTOP



部活が終わって家に帰った僕は、学ランのまま着替えもせず、ご飯も食べないまま携帯を胸に抱き締めて、ソファにコロンと横になっていた。

あの後なかなか下りて行かない僕を心配した響が迎えに来てくれたんだけど、散々面倒を見させて手を焼かせてるんだから、これ以上心配をかける訳にはいかなかった。
だから 『たいした事じゃなかったんだ』 と言うと、響は黙って頷いて何も聞かずにいてくれたのでホッとしていたんだ。
でも、何よりも好きな空手をやっている最中でさえ無心になれず、胸の中はずっとザワザワしたままだった。


ブルルルル……

夜の10時過ぎ、手の中に握り締めていた携帯が震える。
いつもは家に帰るのと同時にマナーモードをオフにして司専用の音楽を最大音量で待ってるのに、今日はどうしても音を出せなかった。

「もしもし?」

『忍?』

耳元に響くハスキーな声を聞くだけで涙が出そうだった。
……だけど僕は司を信じてる。
司は僕に嘘を吐かない!

「うん!お仕事お疲れ様!
 遅かったね〜。大丈夫?」

いつも通りに返した。
周りの音からまだ外にいるらしい事がわかる。

『今やっと終わった。
 今日は会えなくてごめんな。』

「仕事なんだから気にしないで!
 明日の夜は会えるんでしょ?」

『夕飯は仕事先で食うけど、出来るだけ早く帰るから。』

「……あ、あ、あのっ!
 明日は司の家じゃなくてうちで待っててもいい?」

司の家で待ってたら、誰と夜ご飯を食べてるのかな、とか、この部屋に僕以外の人が入ったりしてるのかな、とか変なことばかりいっぱい考えちゃいそうだった。

……って、もう既に色々考えちゃってるけど……

『……それは別に構わないが、どうした?
 何かあったか?』

「え?……ううん、何もないよ?」

『それならいいけど……』

そこで司は一旦話を区切る。

『……あのな、忍。
 実は明日話したい事があるんだ。』

……司が僕に話したいこと?

「えっと……なに?」

『それは明日会って話す。
 それから今日はこのまま社長の家に泊まるから、この後は
 連絡が取れない。
 だから何かあれば高梨に連絡しろよ?』

……社長さんの家に泊まり?
そんなの初めてだ。

どうしよう。
携帯を持っている手が震えてる……

「……うん」

『……忍?
 本当に大丈夫か?
 もし何かあるなら今すぐそっちに……』

……ダメダメっ!
心配かけたらダメだ……!
司は仕事だって言ってるんだし、それを信じなくちゃ!

慌てて司の台詞を遮った。

「ううん!本当に大丈夫だよ!」

『……そうか?
 じゃあ明日仕事が終わったら行くから。』

その時 『司、行くわよ』 という女の人の声が遠くの方から聞こえた。

『ごめん、明日な。おやすみ。』

慌しく電話を切った司に、おやすみ、と返す事すら出来なかった。
ピッと電話を切り、閉じた携帯をまた胸に抱き締める。

今の女の人は誰……?
話って……何……?

……ふと振り返ってみると、ここ1ヶ月ぐらい僕達はキスすらしてない事に思い当たった。
膝枕をしてあげたりはいつもしてるし、土曜の夜はどちらかの家に泊まるから司の腕枕で寝たりはしてる。
だけどキスがしたいな〜と思って顔を近付けると頭を撫でられて額にキスされて終わったり、いつの間にかはぐらかされて、気が付いたらただのじゃれ合いに変わっていたり気が付いたら司の腕の中で眠ってしまっていたり……

そう思い出したら、司の行動一つ一つが全てそっちの方向に繋がっているような気がして、不安で不安で堪らなくなっていった。
仕事って言ってた土曜日はやっぱり女の人と会ってたのかな、とか、僕に何もしてくれなくなったのはやっぱり女の人の方がいいからなのかな、とか、次々と嫌な考えばかりが浮かんで来る。

こんな自分はすごく嫌いだ。
あんなに優しくていつも僕を大事にしてくれる司を、こんな風に疑っている僕自身が大嫌いだ。
今日のお昼、司は僕が大好きだってメールをくれた。
だから大丈夫!
大丈夫。
大丈夫……

……だけど、もし……

今日の夜は社長さんの家じゃなくて、さっき声が聞こえた女の人の所に泊まってたらどうしよう……
明日の話が別れ話だったらどうしよう……
どうしよう……


僕の中で育ち始めてしまった疑惑の種はあっという間に育って芽を出してしまい、その夜僕は携帯を胸に抱き締めたまま、いつまでも眠る事が出来なかった。