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あの後結局淀川先生は来れなかった。
帰り際に数学の逸見(イツミ)先生から飲みに誘われたと、暁の携帯に連絡が入ったんだ。
二人は前から結構仲が良くて、時々一緒にご飯を食べたりしているらしい。
A組もC組も数学は三浦先生だから僕達は直接逸見先生を知らないんだけど、淀川先生とそんなに歳が変わらないらしいし、見た目も大人な感じでそんなに悪くないのに、生徒からの評判は散々だった。
まぁ生徒に面と向かって 『ガキ』 というのが癖だと聞けば、何となく理由がわからないでもないけど。

でも暁は 『実は結構いい奴だぜ?』 と言って、淀川先生が逸見先生と二人で飲みに行くのだけは止めない。
その理由までは聞いていないけどね。


****************


翌週の木曜日、4時間目。


眠くなりそうな三浦先生の声を聞きながら窓の外に視線を向け、春のポカポカ陽気を心から嬉しく思う。
この天気と温かさなら、少しは司が働きやすいだろうから。


『現場が追い込みだから』 と帰りが遅くなる為に、日曜日以降司と会えていない。
次に会えるのは土曜日の予定なんだけど、合間を見ては電話で喋ったりメールを交わしたりはしているし、今の僕は司の顔が見れなくても充分幸せな理由があるんだ。

それは。

火曜日の夜の電話で 『多分金曜までには片付くから、これが終われば土曜は全休をもらえる』 と言っていたんだけど、その声が少し疲れたものだった事に気が付き、『じゃあ部活が終わったらすぐに行くね!』 といつも通りに言いそうになる自分を寸前で抑えた。

僕も少し大人にならなくちゃ……

そう思った僕は寂しい気持ちを閉じ込めるように、体を小さく丸めながら片腕で膝を抱え、

『じゃあ日曜に司の家に行くから、土曜は1日
 ゆっくり休んで疲れを取ってね?
 僕は大丈夫だから気にしないで!
 ちゃんと日曜まで待てるから。』

と精一杯頑張って言ったんだ。
すると一瞬間が空いた後、あのハスキーな低い声で

『……俺は一秒でも早く忍に会いたいんだけどな?』

と返って来た。


一秒でも早く……

……僕に…会いたい……?


司の声が何度も耳に木霊し、予想もしていなかった言葉にズキューンと胸を打ち抜かれ、絶句しながらボトッと携帯を床に落としてしまった。
その音でハッと我に返り、顔から火を噴きながら慌ててそれを両手で拾い上げる。

『も、もしもし?!司っ?!良かった!切れてない!
 電話落としちゃってゴメンねっ!!大丈夫っ?!
 ぼぼぼ僕も会いたいっ!司に会いたいっ!
 土曜は部活が終わったら真っ直ぐ司のトコに飛んで
 行くねっ!
 ……あ!言っちゃったっ!』

思いつくまま勢いで喋ったせいで結局本当の事を言ってしまい、うなだれてしまった僕の電話の向こうでは、珍しく司が思いっきり声を上げて笑っていた。


まぁそんなやり取りがあったんだけど、司から嬉しい言葉をもらったのは本当だから、それだけで土曜日まで顔を見れなくても頑張ろうと思えたんだ。


****************


授業が終わり、早速教室内がガヤガヤし始める。
今日は暁を誘って、最近学校の近くに出来たコンビニにお昼を買いに行こうかな、と考えながら教科書をしまっていると、廊下側の男の子から声をかけられた。

「橋本ぉ〜、今日のご指名1号だぞ〜」

教室の後ろの出入り口を振り返ると、見覚えのない、緑のバッジをつけた1年生の男の子が緊張した面持ちで僕に向かって頭を下げる。
一応僕も立ち上がって頭を下げ返したんだけど、周りからは 『なかなかチャレンジャーだな〜』 とか、『傷心の忍ちゃんには年下じゃ力不足だろ〜』 とか、相変わらず勝手な野次が飛び始めていた。

僕が傷心って何の話?と思いつつも小さく溜息を吐いて斜め前の響を見ると、なにやら誰かにメールを送ったところらしく、携帯をパタンと閉じながら立ち上がる。
そしてスッと僕の方に来て二の腕を掴み、有無を言わさずに歩き出しながら、その1年生に近付いたところで一旦足を止めた。

「悪いが忍は用があるから、話があるなら放課後にしてくれ」

……え?僕は別に用事なんてないのに?

思わず目を丸くして響を見上げると、響は 『行くぞ』 と言ってまた足早に歩き始める。

「い、行くって、ど、どこに?」

引き摺られるように歩きながら尋ねると、響は僕を見下ろしながらニヤッと笑った。

「王子様のご到着だ」