1ヵ月後の土曜日。
今は夜の7時。
僕と響は3時頃に部活が終了、暁は5時でバイトが終わりだったので、淀川先生以外の僕達5人、今日は仕事が休みだった司の家に夕方から集まっていた。
やっぱり人目が気になるのでなかなか来れない淀川先生も、今日は仕事が終わり次第少しだけ来る予定になっている。
僕達仲良しグループは、最近予定が合う度にいつの間にかここに集まっていた。
誰にも気兼ねをしなくて済むし、場所的にも中間地点である学園に一番近いので、今ではすっかり溜まり場のようになっている。
座る場所ももう大抵決まっていて、テーブルを囲むように司・僕・暁・奏・響という順。
時々は暁と奏の間に先生が入ったりする。
お菓子やジュースを持ち寄って、なんて事はない会話を延々としているこんな時間がすごく楽しい。
司の家は8畳一間で、いたってシンプルにテーブルやチェストや枕を2個置いたベッドなどを置いてあり、洗濯物を干せるバルコニーもある。
ちなみに司のベッドは幅は普通だけど縦がすごく長い。
だから僕のベッドでは足を窮屈そうに曲げるかはみ出させたままにしておく司も、自分のベッドではゆっくり足を伸ばして眠れるんだ。
一人暮らしを始めると聞いたお父さんが、わざわざ司の為に特注品で頼んでくれたらしい。
司はお母さんには内緒で今でも時々お父さんと連絡を取り合っているんだけど、金銭的な援助はお母さんの手前全て断ったので、このベッドだけをもらう事にしたと言っていた。
離婚するにはそれだけの理由があったんだろうし、僕らには理解出来ない大人の事情も色々あるんだろう。
だけど、それでもお父さんが司をちゃんと愛しているっていう気持ちがすごく伝わって来て、その話を聞いた時はしみじみ感動してしまった。
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「皆瀬、モデルをやったのってこれだろ?」
暁が指差しているのは、ページをめくった形跡が全く無いまま床に放り出されている、今月号のファッション雑誌。
みんなより早くここに来ていた僕も家に入った時から気付いていたんだけど、最初に双子達が来るまで、テーブルの上に並べて置いたお揃いの携帯をポーっと眺めたり、少しずつ増えていく僕の着替えをしまっているチェストの引き出しをウフウフしながら覗いたり、司の膝に座って色々お喋りしたりしていたので、ついつい聞くタイミングを逃してしまっていた。
「あぁ。
いらないと断ったんだが勝手に送られて来た。」
ベッドに寄りかかってポップコーンを食べている僕の隣で、片膝を立てて座っている司は、『見ても良いか?』 と尋ねる暁に、全く雑誌には興味なさそうにペットボトルのお茶を飲みながら頷く。
はじめ、奈緒美さんの知り合い、という話だけで勝手に地元の小さな雑誌だと思っていたんだけど、司から雑誌の名前を聞いたところ、全国で発売されている有名な物だった事にすごく驚いた。
男性物も女性物も、僕達高校生でも手が届く値段の服やアクセサリー類が載っていて、僕も前に買った事があるし、毎月発売と同時に学校に持って来る人達も結構いる。
あの後、司がモデルをやった話も僕が勘違いした話もすぐにみんなには話してあり、響にも 『心配かけてゴメンね』 と謝った。
響は 『気にするな』 といつも通りに笑ってくれたし、奏は 『皆瀬なら本職がモデルって言われても納得出来るよ』 と笑っていて、暁は 『同じ男から見てもカッコいいもんな〜』 と妙に感心していた。
「昨日学園内ですごい噂になってたよ。」
「らしいな。昨日の夜、忍から聞いた。」
暁がめくっていく雑誌を覗き込みながら笑って言う奏に、司は苦笑しながら答える。
雑誌は一昨日発売になっているんだけど、早速司に気付いた人達がすぐにその話を広めたようで、昨日は学園中が司の話題をしていた。
僕はまだ見ていないけどきっとすごくカッコいいんだろうし、それが最近まで同じ学園にいた人なんだから噂になって当然なんだろう。
雑誌を学校に持って来ていた人の周りには人だかりが出来ていて、『皆瀬って足長ぇ〜』 とか、『突然学園を辞めたと思ったらモデルをやってたのか〜』 とかっていう声が僕のところまで聞こえて来た。
一通り見終わった暁が、『見るか?』 と言って雑誌を差し出して来たので、一応確認のため隣の司を見ると、うんと頷いてくれる。
なので指についていたポップコーンの塩をティッシュで綺麗に拭い、破かないよう細心の注意を払いながら膝に乗せた雑誌の表紙をそっと開いた。
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何故か正座をし、緊張気味にページをめくり始めた隣の忍をクスッと笑いながら見ていると、反対側の隣に座っていた高梨が 『皆瀬』 と声を落として話しかけて来る。
忍はそれに気付く事無く1ページ1ページを食い入るように見ているので、それを眺めながらチラッと高梨に視線を向けた。
「さっき奏が言っていた噂なんだが、やっぱりくだらないのが
結構ある。
お前がモデルをやる為に忍をフっただの、撮影を見かけた
奴らが相手の女とイイ雰囲気だったと言っていただの。」
充分予想はしていたが、それでもやはり溜息が漏れた。
「忍の耳に届くのが出来るだけ遅くなるよう俺達もそれぞれ
動いているし、あの田町って奴もお前達が別れていないと
いう話を広めているようだ。
だから取りあえずは大丈夫だが、そんなにもたない事は
言っておくぞ。」
「いつも悪いな」
すると高梨はニヤッと笑いながらトンと背中を拳で叩いて来る。
「忍は俺達 【特別隊】 の大切な 【お姫様】 だからな。
あとはせいぜい頑張れよ、【王子様】」
クックと笑いながら頷き返し、普段俺が守ってやれない分を補ってくれる高梨達の気遣いに心から感謝していた。
人は成長と共に当然良い事も学ぶがその反面悪い事も学び、上手く立ち回る事も逃げる事も誤魔化す事も覚えていく。
そうしなければ社会では生きていけないのだろうし、そのバランスを上手く取れるようになるのが大人になるという事でもあるんだろうが、忍がそんなズルさに気付くのはもう少し後であってほしいと思う。
中途半端に世の中を齧りだした俺達の年代にとって、本当の自分をさらけ出すというのはとても勇気が必要で実際なかなか難しく、格好をつけて誤魔化す事も多い。
だが忍は自分を正直に表現する事を恐れず、脇目も振らずにひたすら真っ直ぐ突っ走って来る。
その勇気と強さを持つ忍をいつでも受け止め、忍が忍らしくいられるよう守ってやれる存在になる為に、俺自身がもっと成長して揺るがない自分になっていかなければならない。
だからそれまでは知らなくてもいい事は知らせずに、今の忍のままで待っていてほしかった。
真剣に手元の雑誌を見ていた忍が、実物の俺と雑誌の中の俺を交互に眺めては首を傾げ始める。
多分何かが違うとでも思っているのだろう。
違って当たり前なんだが、忍がその理由を知った時の反応を想像するだけで笑いが漏れた。
手を伸ばして色素の薄い髪を撫でてやると、一瞬驚いたもののすぐに頬をピンク色に染めて顔いっぱいに笑みを浮かべて返して来る。
この見た目で本人曰く 『格闘技好きの空手バカ』 だったり、全く予測のつかない突発的な行動を起こしたり、その意外性には一々目を見張るほど驚かされ、いつだって目を離す事が出来ない。
何に対しても常に一生懸命で、転んでもすぐに起き上がってまた全力で走り続ける忍を放っておける筈はなく、可能な限りどこまでも甘えさせてやりたくなる。
だがそう思うのは俺だけではないから、一緒にいてやれない時間が多い俺はいつでも気が気じゃなかった。
『忍を守る』 という名目の、『忍を誰にも渡さない』 という独占欲で、高梨達の協力を仰ぎながらこれからも陰で色々と手を打って行く俺のズルさに気付くのも、出来ればもう少し後であってほしい……