「……寒くはないけどやっぱり泣くのか?」
泣き止んだのを見計らって腕を緩めながら笑ってそう言うと、雅史は涙を拭い取るようにゴシゴシと俺の肩に顔を擦り付けた。
「……お前のせいだ」
バツが悪そうにボソボソと呟く雅史に一瞬クスッと笑いが漏れるが、即座に、はぁ〜、と溜息を吐く。
「ま〜たそういう言い方するし。
せっかくなんだからもう少し可愛い事言ってみろよ?」
何が 『せっかく』 なんだか、と内心自分自身に突っ込みつつ、雅史の両肩を掴んで少しだけ体を離しながら顔を覗き込んだ。
すると俺から顔を逸らし、赤くなって子供のように口を尖らせながら 『……クローバー……』 と言う。
「あ?」
一瞬何の事だかわからずに聞き返すと、
「縁起が良かったと言ったんだ!」
と急に逆ギレして俺から離れようとするので、途端にクックと笑いがこみ上げながら掴んでいた肩を強く引き寄せた。
……やれやれ、やっぱり手がかかるぜ……
そう思いながらも、愛しくて堪らない雅史を出来るだけ優しく抱き締める。
そして一度髪に口付け、すっかり拗ねている顔を上に向けさせると、そんな顔をしていながらもチラリと俺の腕時計に視線を走らせた。
「こんな時に時間を気にするなよ〜」
苦笑しながらそう言うと
「ただでさえこんな生活をさせているんだから、
時間に遅れて約束を破らせる事にならないよう、
俺が責任を持たなければいけないだろう?」
と急に年上ぶって返して来た。
まぁ雅史の立場的にそう考えるのはわからないでもないが、ガキだってガキなりに色々と考えてるんだぜ?
「はい、ここで算数の問題です。
雅史、今何時だ?」
目の前に腕時計を突きつけると、少し驚いた様にさっきまで涙で濡れていたまつ毛をしばたたかせながらそれを見て 『6時…15分だろう?』 と答えた。
「そう、6時15分。
じゃあここから俺の家までチャリで何分?」
「20分位か?」
「正解。
まぁ最短記録で18分だけどな。
最後の問題、それを差し引くと自由時間が何分ある?」
「25ふ…ん……」
キスをする時間ぐらいある、と俺の言いたかった意味に気付いたらしい雅史は、途中から耳まで真っ赤になって下を向いてしまった。
その顔を両手で挟んで俺の方を向かせる。
「保険を掛けておいて良かったぜ。
残り25分、どうせなら濃厚なの行っとくか〜?」
ニッと笑いながらそう言うと、雅史は聞こえるか聞こえないかの小さな声で、『年下のクセにジジ臭い』 と相変わらずな憎まれ口をたたく。
「誰のせいだと思っ……」
「サトル……」
苦笑している俺の頭に突然片腕をまわして引き寄せた雅史は、俺の名を囁くなり唇を合わせ、すぐに舌を挿し入れて来た。
そして体を摺り寄せながらもう片方の手で俺の体を弄り、激しく舌を貪り始める。
……おいおいセンセー、精力満タンなコーコーセーをこんなに誘っておいて、キスで止めろっていうのはあまりにもむごいんじゃないのか……?
危うくなる自制心に必死に歯止めをかけながら、まったく余裕の無い様子の雅史をしっかりと抱き締め返す。
長いようであっという間の 『25分』、俺達は1秒も無駄にしないようお互い夢中でキスを交わした。
****************
腰が抜けたように玄関にへたり込んだ雅史に、『家に着いたら連絡するから』 と寝室から持って来た携帯を渡し、下を向いたままそれを受け取りながら小さく頷く頭をポフッと叩いてから雅史の家を飛び出した。
昂っている体に鞭打って汗だくでチャリを漕ぎ、自宅の玄関に滑り込んだのは6時57分42秒。
ゼェゼェ言いながら玄関のドアに寄りかかり、そのままその場にズルズル座り込むと、早速ジーンズのポケットに突っ込んでいた自分の携帯を取り出す。
『さすがは俺様、余裕で間に合ったぜ( ̄ー ̄)v
今日は最短記録を更新したぞ〜』
ピッピと打ち込んでメールを送信すると、あのまま待っていただろう雅史からすぐに返信が来る。
それを開いた瞬間、俺は思いっきり吹き出してしまった。
『来週は30分だ、バカヤロウ 』
……ったく、これだから参るんだよな〜……
素直なのか素直じゃないのか全然わからない、まったく可愛くないのに滅茶苦茶可愛い恋人に、クスクス笑いながら即行でメールを打って送り返す。
雅史は今頃、俺と同様携帯片手に玄関に座り込んでいるだろう。
ただ一つ違うのは、雅史が今俺が送り返したメールを読んで、また 『ジジ臭い』 と呟きながらも間違いなく耳まで真っ赤になっているって事だ。
『バ〜カ、30分じゃ全然足りねぇよ
来週は今日の分まで 【たっぷりと濃厚に】 お返しして
やるから、この1週間俺を見る度にせいぜい覚悟しとけ』
たまにはいいよな、こんなのも。
さ〜てと。
明日の朝は一体どんな顔で教室に入って来るのか、今から楽しみにしてるぜ、淀川先生?