俺は小さく溜息をつく。

「先生とそいつがどんな関係なんだかはわからないし、
 先生にどういう趣味があろうがそれは自由だけど、
 何か手を打った方がいいと思うぞ?
 またこんな事がおきても困るだろ?
 それにその痕はあまりにひど過ぎるから、そのうち俺以外にも
 絶対バレルって。
 相手に言って、もう少し手加減してもらうとかしろよ。」

更に言う俺に、少し戸惑ってから首を縦に振った。

「……わかってる……何とかしてみる……」

と言った。
いつもの自信に満ちた様子と違い、何だか心細そうな様子が
気にかかる。
俺は軽く溜息を吐きながら、これは放っておけない、と思った。

「出来る事なら何でも協力するから、困った時はどんな小さい事でも
 言えよ?」

そう言うと、悪いな、と小さく言った。

丁度その時5時間目の終了を知らせる鐘が鳴った。
今日は5時間で終わりなので、
俺もヨドカワも教室に戻って帰りのHRに出なければならない。
顔を覗き込んでみると、大分落ち着いて来ているようだ。

「大丈夫そうか?」

と俺が尋ねると、

「……あぁ。お前のおかげで助かった。ありがとな。」

と言って、静かな笑みを向けてきた。
その顔に思わずグッと息を飲む。

……今まで俺にそんな顔を向けた事は一度もなかったのに。

何故かそんな事が嬉しくてたまらなかった。


ヨドカワより一足先に教室に戻った俺が、
自分の席に着くと同時に早速カナデが話しかけてくる。

「どうしたんだよ、サトル?全然戻って来ないから心配したぞ?」

とふくれた様に言った。

こういう顔をタカナシは可愛いと思っているんだろうな。
でも、タカナシとカナデには悪いけど、さっきのヨドカワの子供っぽい
様子は、誰よりも何よりもかわい……

慌てて首を横に振る。
俺はノーマルなんだし、その上年上の教師を可愛いと思うなんて
有り得ない。
いかん。
忘れよう……

「心配かけて悪かったな。屋上の手前で昼寝してたら
 寝過ごしちまった。」

カナデに隠し事をするつもりはなかったんだが、
ヨドカワが襲われた事や手首の痕の事は、
さすがに誰にも話す気にはなれなかった。

俺は5時間目の授業だった数学のノートを早速カナデに写させて
もらう。
半分位まで終わった時、帰りのHRの為にヨドカワが教室に
入ってきた。


明日の連絡事項なんかを話しているのを見ながら、
その表情がいつも通りである事に安心する。
口の傷も注意して見ない限り、ほとんどわからなかった。

それにしてもヨドカワの相手はきっとこの学校の奴なんだろうが
一体誰なんだろう。
状況からいって当然そいつとは肉体関係があるんだろうが
恋人ではないという。
だけど、趣味が合った奴と合意でそういう行為をするのはいいが、
なにもあそこまでひどくなる程縛られたり
鞭で打たれたりする必要はないだろうに。
それともヨドカワもそこまでされないと感じないとか?

……でも昨日俺が腕を掴んだ時、明らかに心底驚いて怯えていた。
もしそういう行為に快感を感じるのであれば、あんなに怯える事は
ないだろう。
それに、確かに自分がその気じゃなかったとしても、
いきなり襲われたってあんなに必死で逃げ出したりしないだろうし。
かといって今日以外は合意だと言う。

何かがおかしい。
何かがおかしいとは思うのに、目の前に黒い雲がかかったようで、
答えは全然出て来なかった。

ただ初めて俺に向けたあの笑顔が頭に焼きついていて、
もう二度とあんな事が起きないように
俺が守ってやりたいと思っていた。