見た所ヨドカワの様子はいつも通りだった。
だが出欠を取る時、普段は必ず俺に、返事が小さい、だのと
何かしら一言付け加えるクセに、今日に限っては何もなく過ぎた。
カナデも意外そうに俺を見ている。
別に何か言われたいわけではないからそれはそれでいいんだが、
まぁ昨日の事もあるし、気まずいのかもしれないと思った。


今日は3時間目がヨドカワの英語だった。
さすがに昨日の今日で余所見をするわけにもいかず、
俺は何気なく黒板の前に立って授業を進めるヨドカワを眺めた。

……まさかあいつにSMの趣味があるなんてな〜。

着ているシャツの袖から覗く、パイル地のリストバンドを見ながら
思う。
あの憎まれ口とかを聞いていると、どっちかと言えば中身は
Sっぽいし、あいつが女王様の前に傅いている図なんか
想像出来ない。

でも、と昨日の怯えた様子を思い出す。
何であんな目をしていたんだろう?
今授業をしている様子を見ても、昨日の様子は微塵も感じられない。
確かに俺はいきなり腕を掴んだりしてしまったけど、
たかがそれ位で怖がらせてしまったんだろうか。
だけど、もし普段からそういう趣味なんだったらあそこまで
怯えるだろうか。

俺がそんな事を考えていると、ふとヨドカワと目が合った。
すると一瞬だけ戸惑うような目を見せて、すぐに逸らされる。
今までだって何度も目が合った事ぐらいあるがいつも、
教科書に集中しろ、とか何か余計な一言を言ってきたり
してたんだが。

まぁもし昨日の俺の態度で怖がらせてしまったのなら謝らなきゃな。
別にそんなつもりだったわけじゃないんだし、
誰かに怯えられるのは何となくいい気分がしない。
それに昨日借りたジャージも返さなきゃならないし、
昼休みにでも一言言いに行くか。


昼休み、いつも通りカナデとA組に行って、購買で買ったパンを齧る。
うちは母子家庭で、母親が夜の仕事をしているから朝は
起きてこない。
以前は無理して起きて作ってくれていたが、体を壊されても困るので、
自分で買うから大丈夫だと断った。

いつもは昼休み中双子とシノブと4人でくっちゃべっているんだけど、
今日はヨドカワの所に行こうと思っているので、
俺は無言でガツガツと食ってしまった。

「何か用事でもあるの?」

と聞くシノブに、借りたジャージを返してくる、とだけ答えて俺は
A組を後にした。