「センセ、俺言われた通り5周走ってきたよ。
　だからもういいだろ？
　今度から授業中に余所見をしないよう気をつけるからさ。
　それに俺これからバイトだから、もう帰んなきゃなんねーんだよ。」

俺がそう言っても、心ここに在らずという感じで前を眺めている。

コツコツコツ…………

ボールペンの音がいやに耳に響き、
イイ加減頭に来た俺はソファから立ち上がってヨドカワの所に行くと

「聞いてるのかよっ？！」

とそのボールペンを持っていた右手の手首を掴んだ。
すると、明らかにビクッとして俺を見上げてくる。
何だ？と思ってふと掴んでいた手首を見ると、
俺が掴んだせいでレザーブレスレットがずれ、
紫色になって擦れたような傷が覗いていた。

……縛られた痕？

今まで気が付かなかったが、確かにこれは縛られた痕だろう。
一瞬誰かに無理やりヤラレたのかとも思ったが、その割には
古い傷も新しい傷もある。
って事は普段から何回もそういう行為をしているって事だろう。
じゃあこれを隠す為に、いつもリストバンドをしていたのか。
そう思って見ていると、俺の視線に気が付いたのか、
一瞬怯えた様に俺を見た後バッと手を引いてブレスレットを直し、
トレーナーの袖で隠してしまった。

俺はポリポリと頭を掻いた。

「あ〜…ごめん。でも俺口外したりしないから。
　世の中色んな趣味がある人がいるってわかってるし。」

何となく気まずくてそう言う。
が、ヨドカワは自分の手首をギュッと握って、下を向いたまま
黙っている。
まぁ教え子にそんな趣味だとバレたら、確かに動揺するだろう。
でも俺は酒屋でバイトを始めてから、その手の店にも配達で
出入りしている。
だからそういう行為をする場面を何度か覗き見た事があったし、
まさかこいつがそういう趣味だとは意外だったが、
別に俺には関係ない事だ。

なのでもう一度、誰にも言わないから、と言って、
濡れた制服を抱えながら準備室を後にした。
ヨドカワは俺のその言葉に何も反応せず、ただ下を向いているだけ
だった。

翌日、相変わらず降り続ける雨の中俺がいつも通り学校に行くと、
下駄箱の所で双子に会った。

「おはよ〜、サトル。風邪引かなかったか？」

心配そうにそう聞いてくるカナデに

「あぁ。全然平気だ。」

と笑って答えると、

「バカは風邪引かないからな。」

とタカナシがニヤッとして言う。なので

「バカで助かったよ。風邪なんて引きたくないからな。」

と返してやった。
俺達は他愛も無い話をしながら教室に向かい、A組の前でタカナシと
別れる。
この学校は1年2年とクラス替えが無く、
タカナシとシノブがA組で俺とカナデがC組だった。

俺達は席も隣同士なので、くだらない事を喋りながら1時間目の
準備をする。
そのうち鐘が鳴って朝のHRの時間になり、ヨドカワが教室に
入って来た。