マサシは夜中のうちに家に帰って行った。

梅雨がようやく終わったようで、玄関の戸を開けるとすっかり
雨が上がっている。
キラキラと光るいくつもの星の下、閉じた傘を腕にかけた
マサシが濡れた地面を踏み締めながら帰っていく。

送って行くと言ったのだが、高校生のガキに送ってもらうほど
柔じゃない、とまたしても憎まれ口をたたいた。
まぁそう言いながらも、お休みのキスをした後に耳まで
赤くなっていたから、それでヨシとしてやったけど。

愛しい背中が見えなくなるまで見送ると、さっきまで真っ黒な
雨雲でいっぱいだった空をふと見上げ、先日現国の授業で
出てきた言葉を思い出す。

『雨夜(あまよ)の星(ほし)』
雨雲に隠れた星。
あっても見えないもの、きわめてまれなもの。

マサシが俺を思ってくれる気持ちは常にそこにあったのに、
俺には全く見えていなかった。
だけど、様々な事があったおかげで俺の心の雨雲も晴れた今、
たとえこれから先、あの憎まれ口のせいで時々見えなくなる事が
あったとしても、確実にそこに存在しているという事実を忘れずに
いようと思う。

……だけどマサシ。
俺が男を好きになる事だって『きわめてまれ』なんだぜ?
これから覚悟しておけよ?


翌朝、清々しく晴れわたる中一週間振りに登校した俺を、
双子とシノブが出迎えてくれた。
カナデとシノブは毎日電話で話をしていたし、タカナシも
カナデから俺の様子を聞いているはずだ。
マサシとの事も今日の朝一で報告していた。

「「元気だった?」」

と声をそろえて聞くカナデとシノブに笑いながら、
色々迷惑かけたな、と答える。
するとシノブが

「僕達は仲良し4人組だからね〜♪」

と言って笑う。
俺もそれに合わせて笑いながら、タカナシの方を見た。
すると片目を瞑って見せながら、『良かったな』と声に出さず
口だけ動かして伝えてくる。
俺もそれに『サンキュ』と返し、4人で教室に向かった。


朝のHRが始まる時間になり、マサシが教室に入ってきた。
いつも通り出欠を取った後、今日の予定などを話している。

……つい数時間前まであの体を抱いていたんだよな……
あの滑らかで平らな胸を撫で、柔らかい唇にキスをし、
あの声で、サトル、と俺の名前を呼んで……

……ヤバイ……下半身が反応している……
焦った俺はマサシから視線を外して下を向き、英語の長文を
頭の中で暗唱しながら自分のモノが治まるのを待った。


カツーンッ

「イテっ!」

突然頭に何かがぶつかり、痛みが走った場所を手で抑える。
俺の頭にぶつけられた白いチョークが机の上に落ちていた。

「大友(オオトモ)、俺は黒板に書いてある必要事項を
 ノートに写せと言ったんだが、机の下に何か面白い物でも
 あるのか?」

久々に聞く、淀川雅史(ヨドカワマサシ)先生の嫌味だった。
すいません、と言ってすごすごとチョークを返しに行く俺を、
カナデが肩を震わせて笑いながら見ている。
マサシの前まで来た時

「いい加減担任の言う事位聞いてくれよ。」

と言いながら、チョークを受け取る瞬間、誰にも見えないように
サラッと俺の手の甲を撫でた。
ドキッとしてマサシを見ると、一瞬ニッと笑って

「ほら、さっさと席に着け。」

と言う。

……これからこんな日々が続くのか……

我ながら、なんて前途多難な恋人を持ったものかと苦笑しながら
席に戻り、次回二人で会った時はどうやってお返しをしてやろうと、
俺は楽しい発想で頭を悩ませた。

その俺をまたチョークで狙っているマサシの視線に
気付く事もなく……

− 完 −