「先生、先生が好きなその青年の名前を教えてくれよ。
 そしたら俺の好きな奴の名前も教えるからさ。」

俺がそう言うと、ヨドカワは悲痛な目をした。
俺の好きな奴を聞きたくないって事か?
でも少し間を開けた後、目に涙をいっぱい溜めて顔を歪めながら

「……大友暁(オオトモサトル)……」

と小さい声で言った。
良く出来ました、と6歳も年上の担任を心の中で褒めてやりながら、
俺は微笑んで見せる。

「そっか。偶然だな〜。
 その大友暁も淀川雅史(ヨドカワマサシ)が好きらしいぜ?」


「う、うそだろ?」

ヨドカワは目を見開いて俺を見た。でもすぐに目を逸らし

「……同情なんかいらない。憐れんで貰わなくて結構だ。」

と呟く。
……やれやれ、まったく手が掛かるんだから。

「悪いけど俺はドノーマルだから、男なんかごめんだ。
 だから本気で好きじゃなきゃ男なんか抱けない。
 先生を抱けるかどうか試してやろうか?
 そうすれば俺が先生を本当に好きかどうかわかるだろ?
 それともそんな勇気は先生にはない?」

俺が煽ると、思った通り挑発に乗ってくる。

「……試せるものなら試してみろよ。」

いつもの口調に戻ったのを見て、やはり俺達はこういう
関係じゃないとな、と心の中で笑う。


でも真面目な話、襲われた経験を持つ奴は、人から触れられるのを
極端に怖がるようになるって聞いた事がある。
事実、ヨドカワは俺が触れた時もビクッと怯えていた事が
多かったように思うし。
それを治す為には相手から触れられるんじゃなくて、自分から
触れるようにするほうがイイという事もその時聞いた気がする。

その点が俺には心配だった。
またヨドカワを怖がらせてしまうのは可哀想だし、俺だって
ヨコオじゃないんだから、ヨドカワに怖がられるなんて嫌だ。
だから俺はもう一度ヨドカワを煽ってやる事にした。

「じゃあ先生から俺に触れてみろよ。
 そうすれば俺が先生に反応するかどうかわかるだろ?」

そう言ってソファの背凭れに頭をのせて両腕と両足を投げ出した。

ヨドカワは俺の方を放心したように見詰めたまま、しばらく
動かなかった。
本当は俺の方が、ヨドカワに一刻も早く触れたくてウズウズしている。
だけど、そこをグッと我慢して目を閉じながら相手が動くのを待つ。
するとゆっくりと手を伸ばしてきて、俺の頬を人差し指で撫でた。
緊張しているのか、その指は冷たく震えている。

少しずつ少しずつ俺の顔を触る範囲を広げ、閉じた瞼や眉、
鼻などに触れた後、少し戸惑いながらも唇に触れる。
その感触に俺がピクッとすると、勇気が出たのか何度も何度も
唇をなぞり続ける。
俺はそっと目を開けた。
ヨドカワはそれに気付かず、甘く微笑んだまま俺の唇を
なぞっていた。
その幸せそうな表情に胸が締め付けられるような愛しさが溢れ、
同時に俺の下半身に血が集まり始める。

しばらくそうやっていたヨドカワが、ふと俺が目を開けている事に
気が付いた。
慌てたように指を離し、少し赤くなりながら

「……見るなよ……」

とちょっと拗ねた様に言う。その表情が堪らなかった。
身動きしないまま、ヨドカワの目を見返しながら尋ねる。

「俺から先生に触れたらダメか?
 俺から触れられるのは怖い?」

きっとヨドカワは俺の目が欲望に濡れている事に
気付いているだろう。
するとヨドカワは少し戸惑った後、俺が怪我をしていない左手を
持ち上げて自分の頬に触れさせ、そのまま掌に顔を擦り付けてきた。
それを感じると同時に俺は徐々に体を起こし、傷口が開かないよう
気をつけながら、右手でゆっくりと少し長めの前髪を
何度も掻きあげてやる。
ヨドカワは微かに震えながら目を閉じ、俺の手の感触を感じていた。

やがて顎に指をかけて顔を上げさせると、そっと顔を近付けて
キスをした。