「……丁度あいつが店に来始めるのと同じ位の時期に、
 時々店に酒を配達に来る青年を見かけるようになった。
 歳はいくつかわからなかったが、店のマネージャーと話している
 時の笑顔を見て、自分よりも確実に年下だろうその青年が
 忘れられなくなったんだ。」

酒を配達にって……俺か?

「自分のやっている汚い仕事が嫌になる度に、あいつの存在を
 疎ましく思う度に、その青年の笑顔を思い出して自分を慰めた。
 たまに店に来てくれた時は、陰から覗きながらドキドキしたりして。
 まさかその青年が自分の受け持つクラスにいるとは思いも
 よらなかったがな。」

そう言って自嘲気味に笑った。

「当然相手は俺の事を知る筈もなかったが、それでも俺は
 嬉しくて堪らなかった。
 だから嫌われるとはわかっていても、つい構いたくなって
 色々言ったりしてしまったんだが。」

少し赤くなりながらそう言うヨドカワは、やはり口を少し尖らせて
いて、俺はそんなヨドカワの表情を心底可愛いと思った。


「……でも、そんな時またあいつが俺にちょっかいをかけ始めた。
 さすがに最初は自分も学校にバレたらまずいと思ったのか
 全然知らない振りをしていたのに、その青年が体育の授業で
 グラウンドに出る度に、俺が職員室の窓から見ている事に
 気が付かれたんだ。」

コーヒーを持つ手が少し震え出す。

「それまであいつはその青年が誰なのかわからなかったらしいが、
 しばらくしてそれがあの店に配達に来ていた人物だと気が付いた。
 それからは自分の言い成りにならなければ、俺があの店で
 バイトをしていた事とバイトの内容をその青年に教えると
 脅してきた。
 俺はそれだけは嫌だったんだ。
 俺がそんな汚い事をしていたとわかられて、その青年に
 軽蔑されるのが怖かった……」

ヨドカワはコーヒーをテーブルの上に置き、震える両手で
自分の頭を抱え込んだ。

「……学校でだけは絶対嫌だって言っていたんだ。
 その青年との唯一の接点である場所を汚される気がして。
 だから逃げた。
 だけどその後最悪の姿を写真に撮られてしまって、
 それを青年に見せると言われれば従うしかなかった。
 その内どんどん要求がエスカレートしてきて、この前のような
 結果になってしまったんだ。
 ……必死で隠すつもりが、青年に手首の痕は見付かるし
 襲われている所を助けられるし、その上散々巻き込んで
 怪我もさせるし、俺はホントにどうにもならないヤツなんだ……」


ヨドカワは涙を流して泣いていた。
ヨドカワがそこまでの切ない思いをしながら俺を見ていてくれたのに、
全く気が付いてやれなかった自分が腹立たしい。
肩を震わせて泣いているその姿を見て、決して同情などではなく、
俺自身がヨドカワを欲しいと望んでいた。

……カナデ〜、どうやら俺もお前達と同じ禁断の道に、
完璧にはまってしまった様だ……


自分のコーヒーカップをテーブルの上に置くと、静かに立ち上がって
ソファに座っているヨドカワの左隣に座った。
ヨドカワは涙を止め、驚いたように俺の方を見たが、涙で濡れた
その瞳がやはり苦しげに揺れている。

こいつは本当に俺の事を好きでいてくれたのだと、今になって
ようやく理解してやる事が出来た。
そして俺もヨドカワを好きだったという事も、やっと自分で
認める事が出来た……


だけど俺はまだヨドカワに触れない。
その前にちゃんと確認しておきたい事があるから。