お互いに電話を切った後、雨の中歩いてきたヨドカワの傘を
玄関に立てかけ、居間に入るように促す。
最初は少し躊躇していたが、俺が先に廊下を進んでいくと、
ゆっくりと後ろについてきた。
ソファに座るように言い、俺はキッチンでコーヒーを淹れる。
その間ヨドカワはキョロキョロと部屋の中を見回していた。
「そんなに見なくても、家庭訪問の時に一度来てるだろ?」
俺が苦笑しながらそう言ってコーヒーを手渡すと、ばつが悪そうに
少し赤くなりながら下を向いた。
それを見ながら、テーブルを挟んでヨドカワの向かいに
胡坐をかいて座った。
「……腕の傷はどうだ?」
少し顔をあげて、Tシャツの袖口から手の甲に向かって巻かれている
包帯を心配そうに見ている。
それに俺は笑って答える。
「もう全然平気だよ。痛みも熱もとっくに治まったしな。
それに若いから回復も早いし、抜糸もそう先じゃないって。
先生こそ体、大丈夫か?」
「俺はなんともない。
でもまさかお前に怪我までさせるなんて思わなかった。
本当に悪かった……」
ヨドカワは俺に頭を下げた。慌てて
「おいおい、やめてくれよ。
これは先生のせいじゃなくてヨコオのせいだろ?」
と俺が言っても、まだ顔をあげようとはしない。
仕方がなく俺は溜息を吐いて
「じゃあ、ホントに悪かったと思ってるなら、事情を全部
話してくれるか?」
と言うと、ヨドカワは少しだけ顔をあげて頷き、ポツリポツリと
話し始めた。
「親の反対を押し切って田舎からこっちの大学に一人で出てきた
から、学費だけは払ってもらえたけど生活費は全く出して
もらえなくて。
だからどうしてもバイトはしなきゃならなかったし、
でも勉強する時間も欲しかったから、効率よく金を稼げる所を
探したんだ。
で、大学の先輩の紹介であの店でバイトするようになった。
今考えれば馬鹿だったと思うけど、働く時間が少なくても
沢山金を稼げたから。」
相変わらず視線は逸らしたまま、コーヒーをゴクッと飲んだ。
「正直、すごく嫌なバイトだった。
俺自身そっちの趣向があるわけじゃないし。
でも客も沢山ついてきて、そのおかげできちんと勉強しながら
生活出来た。
もちろんどこかでキリをつけなきゃならないと思っていたから、
大学卒業と同時に辞めようと思っていたし、店側もそれを納得して
くれていた。
でもそんな矢先、大学4年になった頃から来始めた奴で、
一人だけしつこい客がいたんだ。」
大学4年というと去年か。丁度俺が酒屋のバイトを始めた頃か?
「店にいる時はルールを守らないし、店が終わった後にも
追いかけてくる。
何度も何度も断ったし、店側からも注意してもらったんだが
全然聞いてくれない。
最後は結局店に立ち入り禁止にして、俺も家を引っ越した。
それですっかり安心していたんだが……」
はぁ〜、と溜息をつく。
「予定通りバイトは辞めて俺はこの学校で教師をやる事になった。
そして教師同士の初顔合わせでまたそいつに会ったんだ。」
「それがヨコオか?」
俺がそう聞くと、黙って頷いた。