ただただヨコオの薄汚れた手が、ヨドカワの滑らかな肌に
傷をつけた事が許せなかった。
その手でヨドカワに触れる事も、どこまでも腐った様なその目で
ヨドカワを見る事も、何もかもが許せない。

カッターを持っている左手に飛びついて、その腕を両手で思い切り
引っ張った。
でも思ったよりヨコオは力が強く、思った通りに動かない。
それでも俺は自分の手に全体重をかけてなんとかカッターを
その手から落とさせる。
そしてそのまま腕を更に引っ張り、ヨドカワからその脂ぎった体を
離させた。

俺の腕から飛び散る血がヨドカワの裸の体にかかる事にも
構わず、俺とヨコオは床の上を転げまわって殴りあう。

俺達がそうしている間に廊下からバタバタと走ってくる音が
聞こえ、何者かが俺とヨコオを引き剥がす。
それでも更にヨコオに殴りかかろうとする俺を必死に止めたのは
シノブだった。
そしてタカナシがヨコオの腕を後ろ手に捻り上げて抑え付け、
カナデがヨドカワの首輪になっている鎖を外している。

それを見て、俺はハッと我に帰った。
慌ててヨドカワの着替えが入っているはずのロッカーからシャツを
取り出し、座ったまま裸で震えているヨドカワの肩にかけてやる。
ヨドカワはビクッと怯えた様子を見せたが、俺はそのまま
肩を抱き寄せた。

カナデが校長を呼びに行き、ヨコオはタカナシに捕まえられたまま
校長室に連れて行かれた。
校長に呼ばれた保健医に簡単な止血をしてもらった俺と
服を着たヨドカワは病院に連れて行かれ
ヨドカワは今までにつけられた傷を消毒してもらい
俺は右腕を十数針縫われた後また学校に戻った。

その頃には既に他の生徒達の姿はなく、ヨコオも警察に連れて
行かれた後だった。
校長室に直行した俺達は、案の定警察と校長から事情を
聞かれた。
でもどこまで話していいものやらわからず俺が黙っていると、
それまで一度も俺の方を見ず、言葉も発さなかったヨドカワが
俺の方をちらりと見た後

「オオトモは用事があって準備室に来た所で
　たまたま私の姿を発見して助けてくれただけです。
　詳しい事情は私からお話しますので
　怪我もしている事ですし今日の所は帰してやって
　もらえませんか？」

と言った。
俺はヨドカワと一緒にその場に残りたかったが、校長にも
帰りなさいと言われ、渋々校長室を後にした。

下駄箱の所に来ると、カナデとタカナシとシノブが待っていた。
大丈夫か？と聞いてくる3人に、俺は笑って頷いた後

「さっきはありがとな。ホントに助かった。」

とお礼を言った。

その後カナデに話を聞いた所、5時間目が始まり一旦ヨコオは
教室に来たものの、俺がいない事を知っていきなり自習にすると
言って教室を出て行ったらしい。
それを不審に思ったカナデがタカナシにメールを送り、タカナシと
シノブは何だかんだと理由をつけて教室を抜け出したのだそうだ。

3人の気持ちに心から感謝をし、そのまま俺は真っ直ぐ
家に帰った。
学校から連絡が行っていたらしく、心配げに俺を家で待っていた
母親は、俺の元気そうな顔を見て安心した後仕事に出て行った。

傷付いた様に俺を見たヨドカワの目が脳裏に焼きついて、
腕の傷より何より胸がズキズキと痛み、その夜俺は眠る事が
出来なかった。