焦点の合っていない目で足を止めた俺を見上げながら、ヨコオは
ただ笑っている。
ヨドカワも俺も固まったまま動けなかった。
「マサシ、お前が一番見られたくなかった姿を
一番見られたくない人に見せちゃったね。
可哀想に、腕から血を流しているよ?
どうだ?
1年以上も片思いをした挙句、こんな姿を見られた感想は?」
……ヨドカワが俺に1年以上も片思いしてたって?
俺は2年にあがった始業式の日に初めてヨドカワと会った筈だから
まだ半年も経っていないし、それ以前にヨドカワと
会った記憶はない。
ヨドカワは一体どこで俺を見ていたんだ?
「オオトモ君、私はね、君が憎くて堪らなかったよ。
私の大事なマサシが、たかが高校生のガキに
夢中になっているなんて許せないだろう?
だけどね、反面感謝もしているんだよ?
今まで私に見向きもしなかったクセに、
『IMMORAL(インモラル)』でこうやって客に縛られて
金を稼いでいた事を君に話すと言ったら、あっさりと私に
足を開いたんだからね。」
笑いながら話すヨコオを横目で見ながらヨドカワに視線を移す。
すると苦しげな目をした後、すかさず目を逸らした。
『IMMORAL』というのは俺がバイトを始めた頃から
何度か酒を配達しているSMクラブの名前だ。
その店は高い金さえ積めば、男でも女でも何でもアリのSやMを
用意してくれると聞いた事がある。
あまり良い噂を聞かないその店は、夜の仕事をしている母親からも
出来るだけ近付くな、と言われていた。
俺を雇ってくれている店長もなんとか俺をそこに行かせない様に
してはくれていたが、やはり店長が忙しい時は俺が行かなければ
ならない事があった。
じゃあ、ヨドカワはそこでMのバイトをしていて、俺をどこかで
見ていた、という事なんだろうか?
俺の右腕からは相変わらずぽたぽたと血が流れ落ち
いい加減床の上には血溜まりが出来始めている。
ヨドカワは身動き一つしないまま、俺から逸らした目をギュッと
閉じていた。
守ってやろうと思ったクセに、ヨドカワは首にカッターを
突きつけられたままで俺は身動きが取れない。
自分の不甲斐無さにホトホト呆れる。
「マサシは色っぽいだろう?
私がこうやって虐めてやると
こういう行為が嫌だと言いながら、私の事が嫌いだと泣きながら、
サトル!と君の名前を呼んでイキ続けるんだ。
その度に嫉妬にかられながらも、マサシをイカせてやれるのは
君じゃなく私なのだとこの体に刻み込んでいく。
どうだい、オオトモ君。最高の悦楽だろう?
……まぁたかが高校生のガキには
この楽しさがわからないだろうがね。」
ヨコオはそう言いながら首に当てていたカッターをヨドカワの胸に
移し、スッと小さく動かした。
多分皮一枚が切れただけなのだろうが、ヨドカワがピクッと身動きを
すると、3cm程の白い線から赤い血が滲み出す。
それを見た瞬間、俺の頭の中で何かがはじけた。