今の時間はヨドカワに授業がない事はわかっていた。
英語準備室の扉の前で、俺は一度深呼吸をする。
そして、トントン、とノックをした。
だが中から返事はなく、開けようとしたが鍵もかかっている。
トイレにでも行ったのだろうか?
「先生?いないのか?」
俺は尚もノックを続ける。
耳を扉に当ててみると微かに何かが動くような音がした。
前にここを訪れた時の事を思い出して、嫌な予感が
全身を駆け抜ける。
「ヨドカワっ?!中にいるのかっ?!大丈夫かっ?!ヨドカワっ?!」
俺は叫びながらガチャガチャとドアノブをまわし、ドンドンと扉を叩く。
もう『先生』と呼ぶ余裕すらなかった。
「おや、これはオオトモ君。
担任の先生を呼び捨てにするとは相変わらず常識がないですね。
それに今は授業中ですよ?こんな所で何をしているんですか?」
突然背後から声がした。
耳障りなその声にゆっくり振り向くと、やはりそこにいたのは
あのヨコオだった。
こいつは今の時間俺のクラスで授業をしている筈なのに……
「君が教室にいなかったので、もしやと思って来てみたのですが、
やはり正解だったようですね。
こんな所を他の先生に見られたら大変ですよ?
……でも君は特別ですからね。
マサシの為にも特別に中に入れてあげましょう。」
そう言って厭らしくニタニタと笑うと、ポケットから鍵を出して
準備室の扉を開けた。
一歩入った瞬間、俺の目に飛び込んできたのは……
ソファの脚に結び付けられた鎖で首輪をされ、丸裸のまま
両手両足を縄で縛られて、冷たい床の上に転がっている
ヨドカワがいた。
その上以前酒を配達に行った時にSMの店で見掛けたのと同じ、
丸い球がついた猿ぐつわのようなものをつけられている。
俺は思わず息を飲んだ。
そしてその俺を怯えたように一瞬見返したヨドカワは、
ものすごく傷付いた表情を浮かべて俺から視線を逸らした。
でも俺はそんな様子には構わず、戒めをはずしてやる為に
走り寄ろうとした。
するといきなり俺の右腕に熱い感覚が走る。
足を止めて自分の右腕を見下ろすと、二の腕から手の甲に向けて
一直線に走った赤い線から、真っ赤な血がポタポタと
床に垂れ始めていた。
狂気じみた笑みを浮かべながら俺の右横に立っているヨコオが
その手に血のついた小さなカッターを持っているのを見て
初めて自分がヨコオに切られたのだと気が付いた。
痛みは全く感じず、ただ腕が燃えるように熱い。
その時ガタガタという音がしてヨドカワが暴れている事に
気が付いた。
慌ててそちらに視線を戻すと、ヨドカワも俺の方を必死に見返して
猿ぐつわをされたまま何事か叫んでいる。
……そんなに暴れたらまた手首が擦り切れちまうのに……
そう思って再度近付こうとすると、俺より一歩早くヨドカワに
辿り着いたヨコオが、今度はそのカッターをヨドカワの首にあてた。