すっかり物思いに耽る俺に、サトルちょっといいか、と言って
タカナシが俺を廊下に連れ出した。
「どうしたんだ?
こんな事してたらカナデがふくれるんじゃないのか?」
俺が笑ってそう言うと、タカナシも苦笑しながら
「まぁその分は家に帰ってから埋め合わせするさ。」
と勝手に惚気ておいて、突然真面目な顔になった。
「この前の日曜、新しい空手衣を買う為に一人で買い物に出たんだ。
カナデは叔父の店を手伝いに行ったから。」
そう言えばカナデとタカナシの叔父は喫茶店を
やっているんだったな。
「俺がいつも行く店はヨドカワのマンションのすぐ近くなんだが、
その時ヨドカワと一緒にヨコオがマンションに入っていくのを
見たぞ。」
そう言って俺を真っ直ぐに見ている。
「そ、そうか。でもそれがどうしたんだ?
あの二人がどうしようが俺には関係ないだろ?」
「ヨコオはヨドカワの襟首を捕まえて、無理やり引っ張っているように
見えたけど?」
……やっぱりヨコオがヨドカワの相手だったのか。
ヨコオの汚い手がヨドカワの体をあんなに傷付けているのだと
思うだけで、何故か吐き気がする程の怒りを覚える。
でも、タカナシが言っている様子からすると、
やはり二人は合意の上ではないのだろうか?
タカナシは更に言う。
「実は俺、この前偶然リストバンドを外しているヨドカワを見た。
一瞬しか見えなかったが、あれは縄の痕だろ?」
俺は黙っていた。
「あの様子だと縛ったのはヨコオだと思うが、
ヨドカワは怯えたように見えたから、どう考えても合意じゃないと
思う。
本当はそのまま俺が出て行こうかとも思ったが、
ヨドカワのあの諦めた様な目を見たら何か事情がありそうに
見えたし、何よりあいつを助けるのはお前じゃなきゃ
ダメなんじゃないのか?」
「……な、なんで俺なんだよ?」
そういう俺に、タカナシは少し黙った後口を開いた。
「ヨドカワがサトルの事を好きなんだろうって事には、
俺もカナデもシノブもとっくに気が付いていた。
だが、ある時からヨドカワの態度もお前の態度も急に変わった。
それを見て二人の間に何かがあったんだろうとは思ってたが、
サトルはその時に何らかの事情を知ったんじゃないのか?
いつもお前と一緒にいた俺達が何も気付かないと
思っているのか?」
俺は何も言えなかった。
「今まで何でも話してくれたお前が俺達に何も言わないのは、
きっと特別な事情があったからだろうと思っている。
だから何があったのかは聞かない。
だが、俺達にはヨドカワがお前に助けを求めているように見える。
お前の気持ちも、わからないのはお前だけで、
傍で見ている俺達にはだいたいわかるんだけどな。
俺も人の事は言えないが、お前はあまりにも鈍感すぎて
ヨドカワが可哀想だ。
……これ以上余計な事は言わない。
どうするのかはサトルの自由だ。」
そう言ってタカナシは相変わらず俺を見たまま黙り込んだ。
俺も黙って考え込む。
ヨドカワが俺の事を好き?
前にもカナデにそんなような事を言われた事があったが、
いい歳をした大人なんだし、まさか好きな奴に意地悪する子供の様な
真似はしないだろうと思って、その考えを否定していた。
だがあの用具室で、授業に行かないのか、と言いながら
俺の学ランを放さなかった事を思い出す。
あの時、あいつにそんな子供っぽい面があった事に驚いたんだった。
ヨドカワは本当に俺の事が好きだったのか?
でも、それなら何故ヨコオとそんな関係を続けているのだろう?
やはり何らかの事情があるんだろうか。
それに俺はヨドカワの事をどう思っているんだろう?
確かに嫌いじゃないし、可愛いとも何度か思った。
俺に対して憎まれ口を利かなくなった事が、何故か無性に
寂しくなったのも事実。
守ってやりたいとも、何度も思った。
これは……?
この気持ちは……?
俺は自分で何を考えているのか何を思っているのか
わからなくなってきた。
だが確かな事は。
もしヨドカワが俺に助けを求めているとすれば、
何があってもやっぱり俺が守ってやりたいと思う。
だったらこの気持ちの正体なんか、まずヨドカワを助けてやってから
考えればいい。
俺は一度深呼吸をし、俺より少しだけ高い所にあるタカナシの目を
見返した。
「サンキュ、タカナシ。」
俺がそう言うとタカナシはニヤッと笑って、
俺達の貸しは高いぞ、と俺の頭を軽く小突いた。
それに笑って返し、5時間目開始の鐘を聞きながら、
英語準備室に向かって走り出した。