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朱雀は同極会の縄張りでも浅井組の縄張りでもない、ここからは
車で1時間位の場所にある、一流ホテルのスウィートルームに
昨日午後2時と指定して来た。
通常であればこんなに失礼なやり方は有り得ないそうだ。
普通仲裁人を頼む場合、何段階かの連絡を経た後仲裁人に
合わせて場所と時間を設定する。
それが昨日の朝9時に手紙を届け、その5時間後に勝手に時間と
場所を設定している。
その上朱雀と黒神の昇龍の間には全く面識が無いわけだし、
ましてや朱雀は同極会の組長でも何でもない。


「本来そんな話でリョウヤが動く理由は無い。
 だがリョウヤは、面白い、と言って何本かの電話をかけた後、
 出て行く準備を始めた。
 そしてある程度の時間までに自分が戻らなければ、ここに
 お前を呼んで事情を説明して欲しいと会長に頼んだ。
 ハルカにはこの件が片付き次第連絡を入れるから、と。
 何故お前に連絡をしなかったのかはわからん。
 それを受けた会長は朱雀の件の一切をリョウヤに任せ、
 リョウヤはケント1人を連れて行った。
 その後五人衆の内ケントとトキ以外の3人はリョウヤの
 指示通り若衆達を連れて動いている。
 もちろんホテルもリョウヤに指示された若衆がはっている。
 一旦全てを任せた以上、リョウヤが何を指示したのかは
 いくら俺達でも聞くことは出来ん。」

……その事に不満がないと言えば嘘になるけれど、それがこの
世界のやり方ならば私に文句を言う筋合いはないしそのつもり
もない。
リョウはこの世界に生き、そしてこの世界で生きているリョウを
私は愛したのだから。
けれどこれだけは聞いておきたい。

「リョウは何故そんな話に乗ったのでしょう?」

すると私の質問を予想していたかのようにサイドウさんが
スーツの内ポケットから1枚の写真を取り出し、テーブルの
上に乗せて私の方にスッと差し出して来た。
私は少し身を乗り出してその写真を覗き込み、同時に目を
丸くする。

右下に昨日の日付と2時3分という時刻。
そしてそこに写っていたのは、病院の私室で白衣を着たまま
仮眠をとっている私だった。

何かあった時すぐに対応出来るよう私室の扉に鍵をかけては
いないけれど、そうは言ってもそこに行くには警備室とナース
ステーションの前を通らなければならない。
どちらも必ずスタッフが常駐しているし、時間も午前2時頃
という事は一般の人は入れない筈。
だとすればこの写真を撮った人物は患者さんか病院関係者の
誰かという事なのだろう。
でも一体誰が……

顔をあげてサイドウさんを見ると

「誰が撮った物かはわからんが、手紙と共に入っていた。
 そしてその写真を見た途端、リョウヤではなく五人衆が
 色めき立ったんだ。
 朱雀をすぐにでもヤリに行こうとする五人衆を、リョウヤが
 一喝して止めた位な。
 リョウヤならばいざ知れず、さすがにそれには会長も
 俺も驚いた。
 会長がお前を試したくなるのもわかるだろう?」

と苦笑する。
視線をクロタニさんにむけると、クロタニさんも苦笑していた。
斜め後ろに座るトキ君を振り返ると、トキ君は真っ直ぐに私を
見詰め返して来た。
そしてサイドウさんに促されたトキ君が、決意に満ちた目を
しながら口を開く。

「若頭は自分に『俺が帰るまでハルカを守っていろ』と
 言って行きました。
 ですから若頭が戻るまでは、僭越ながら自分が命を
 懸けてハルカさんを守ります。」

その言葉で、ここから私とリョウの家までそれなりの
距離があるのに、サイドウさんと電話を切った直後に
トキ君が迎えに来てくれた理由がわかった。
トキ君はリョウの指示で私を守ってくれていたから、きっと
家のすぐ近くにでも待機していたのだろう。

それが若頭に言われた役目だからとはいえ、トキ君が本気で
私を守ってくれようとしている気持ちが伝わって来て、とても
嬉しかった。
『ありがとう』と笑いながらお礼を言うと、トキ君は少し赤く
なりながら頭を下げる。
それを微笑ましく思いながら再びサイドウさんに視線を戻した。


「確かにこれを見れば間違いなくリョウヤは動く。
 メンツを潰されれば黙ってはいないからな。
 だから手打ち盃などただのこじ付けで、手紙の中身に
 意味はないだろう。
 これは初めから黒神の昇龍に対する宣戦布告だ。
 だが何故朱雀が突然リョウヤにこんな事を仕掛けて
 来たのかがわからん。
 黒神の昇龍を本気にさせた恐ろしさは、この世界では
 有名な噂になる程だからな。
 当然リョウヤは同極会を潰すつもりで行っただろうし、
 こんな事をしでかした朱雀を生かしてはおかんだろう。
 それがわからんほど朱雀がバカだとは思えんが……」

リョウが気にしていた程の朱雀が、考えも無しにそんな事を
する訳がない。
では朱雀の意図は?
朱雀が突然リョウにそんな事を仕掛けてきた理由は……?

その時コンコンとノックの音がする。
『なんだ?』とサイドウさんが声をかけると、若衆の一人が
頭を下げて入って来た。
そしてトキ君に何かを耳打ちした後、また頭を下げて出て行く。
トキ君はクロタニさんを真っ直ぐ見詰め、口を開いた。

「ケントから連絡が入りました。」