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前日


午後2時にこの部屋に到着した俺とケントを迎え入れたのは、
熱に浮かされたような顔をした、同極会の若頭で山本と名乗る
男だった。
そいつが何故そんな顔をしていたのか。
その理由を、案内されたソファに座るなり理解した。
正面のドア1枚隔てている寝室の向こうから、間違いなく男の
ものと思われるでかいよがり声が漏れてくる。
状況を考えれば中にいるのはクスノキと朱雀なのだろうが……

俺にコーヒーを出した後、『申し訳ありませんがもう少々お待ち
下さい』と言って山本という男が部屋を出て行った後、俺の斜め
後ろに立っているケントがイラつきながら口を開く。

「兄貴、やっぱこのまま部屋に乗り込みましょうよ!」

舌打ちをしながら言うケントに首を横に振って答えた。
朱雀はわざわざ俺を煽っている。
朱雀の存在を知った時から集め続けて来た情報と今までの
状況を振り返れば、朱雀の正体も目的も答えは出ていた。
俺の腹積もりは既にケントには言い聞かせてある。
短気なケントには少々酷だが、最後までそのやり口に
付き合ってやろう……


****************


午後5時過ぎ。
しばらく音が止んでいる朱雀達の寝室以外、このスウィート
ルームの全ての場所をケントが細かく調べて何も異常がない
事を確認し終わった頃、突然ホテルのボーイが大量のルーム
サービスを運び入れた。
無言のまま手際良く料理を並べ、全てのセッティングを終えると
俺達に頭を下げて出て行く。
湯気を立てている様々な料理を見ながら、
『朱雀は何を考えてるんすかね?』とケントが小声で言った時
寝室の中から何やら音がした。

それから十数分後ようやく寝室から顔を出した朱雀は、その
手にサイレンサー付のチャカをぶら下げたまま、寝室の扉を
大きく開いた。
すぐにケントが俺の前に飛び出して身構えたが、朱雀はそれを
俺達に向ける事はなく、ふらふらと歩きながらバスローブ1枚の
格好で向かいのソファに腰を下ろす。
それを見てケントも俺の斜め前に場所を移した。


朱雀の背後に見える大きく開いた寝室のドアの奥にはキング
サイズのベッドが置かれ、そこにはだらしなく裸の股を開いた
まま、血塗れになっているクスノキが見える。
朱雀がほとんど返り血を浴びていない様子を見ると、傍らに
落ちている枕越しにでも撃ったのだろうが、多分あの様子じゃ
既に息絶えているだろう。

サイドテーブルの灰皿を引き寄せると、それに気付いたケントが
ライターの火を差し出してくる。
胸ポケットからタバコを取り出し、それに顔を寄せてから深々と
いつもの香りを楽しんだ。
散々朱雀に踊らされた上その朱雀にヤられるんだから、つくづく
間抜けな野郎だ……


****************


天才とバカは紙一重と言うが、まさにこいつはそれを地で行く
奴なのだろう。
あれから既に1時間近くも、向かいのソファで膝を抱えて座った
まま笑い続けている。
何を話す訳でもなく、手の中で安全弁を外したままのチャカを
もてあそびながら、時々俺を眺めてはクスクスと笑う。

ケントがいい加減イラついているのはわかるが、俺はそれを
制したまま、紫煙を吐き出しながら予想通りの男を眺めていた。


ハルカの話だと、確かイチカワカズマとかいう名だった筈。
モモのリハビリを見に行った時、ハルカと話している俺に
憎悪の視線を向けて来たのがこいつと会った最初だった。
横恋慕でもしているのだろうとすぐに予測はついたが。
ただ、あの時もおかしな目をした男だとは思ったものの、
今程ではない。
今の朱雀の目付きは決してシャブや何かでおかしくなった
ものではなく、本物の狂っている人間の目だ。
クスノキをヤって、本性を抑えていたタガが外れたか……

「今日は黒神の昇龍ともあろうお方にご足労頂いて光栄ですよ。
 おまけに取り込み中だったもので、長らくお待たせして申し訳
 ありませんでした。
 最後ぐらいいい思いをさせてやりたいと思ったもので。
 この部屋に入るなり寝室に殴り込んで来るかと楽しみにして
 いましたが、さすがに黒神の昇龍はそこまで愚かではなかった
 ようですね。
 僕の意図に気が付いて、やり方を見ているってところですか。
 お隣にいる気の短そうな舎弟は、どうやら貴方が許可を
 出すまで動かないように言われているようですし、手紙の内容
 にも意味が無かった事にもお気付きですよね?
 それではこちらも遠慮なく。
 でもまぁまずはお詫びの代わりに食事でもしましょう。
 僕も体を動かした後でお腹がすいているので。」

相変わらずクスクス笑いながらチャカを傍らに置き、既に
冷め切っているだろうレアステーキにナイフとフォークを
入れた。
そして丁寧に一切れ切り取ると、こちらに視線を向けたまま
ゆっくりと口に入れる。
ケントがピクッと反応した。
まぁ血塗れの死体を背に血が滴る肉を食う様は、さすがに
見ていて気持ちのいいものではないから無理もないだろうが。
朱雀はその反応を見て満足そうに笑いながら、次々とテーブルの
上に乗っている料理をたいらげていった。