のんびりと、午後9時過ぎに料理を食い終わった朱雀は、
満足そうにナプキンで口を拭った。
それから傍らに置いてあった赤ワインをあけ、俺とケントの
前にグラスに注いだそれを差し出す。
そして自分はゴクリと咽喉を鳴らしながら、ボトルから
直接飲み出した。
あれだけテーブルいっぱいに置かれていた料理が、いまでは
その全てが朱雀の腹に消えているというのに。
狂った人間のやらかす事にはまったく理解が及ばないものだ。
その後朱雀はワインのボトルを次々と空けながら、訳の
わからない話を延々とし続けた。
くだらないテレビドラマの話をしたかと思えば日本の政治
理論について話をしたり、英語で独り言を始めたり。
そして日付が変わってしばらく経った頃、突然 『じゃあ
そろそろ本題に入りましょうか』 と言って、バスローブの
ポケットから写真を取り出した。
そしてそれを俺達の方に向ける。
……俺に送りつけて来たハルカの写真と同じ物……
「上手に撮れているでしょう?
あのまま白衣を脱がせて、体中に舌を這わせたいと
思う自分を抑えるのに必死でした。
貴方がいつもやっている様に、後孔に僕のモノを
突き入れ、僕の上で腰を振らせながら喘がせている
図を想像して、堪らなく興奮しましたよ。」
そう言ってクスクス笑いながらハルカの写真を舌で
舐め上げていく。
「てめぇ!ふざけるなっ!!」
激昂するケントを片手をあげて止める。
「初めから目的はハルカだろう?
何故こんな回りくどい事をする?」
「僕は完璧主義なのでね。
ハルカさんを手に入れると決めたからには、
ハルカさんを取り巻く全てを理解しなければ
いけません。
だから僕はハルカさんと同じ心臓血管外科の道を
選びましたし、日本に帰って来てからはヤクザの
世界にも足を踏み入れました。」
「……お前がハルカの病院に来たのは数ヶ月前だろう?」
朱雀はふっと笑った後、写真を大切そうに持ち直し、
ゆっくりとそれに口付けながら
「……黙って僕が話し出すのを待ち続けた、その
忍耐力に敬意を表し、貴方にはお話しましょう」
と言った。
「とても残念な事にハルカさんは僕を覚えていません
でしたが、ハルカさんと初めて会ったのは今から8年前、
僕が通っていたアメリカの大学です。
13歳で大学に入学しましたが、元々人付き合いが苦手
でしたし周りからも異端者扱いで、僕は常に1人でした。
そんな僕が15歳になった時、ランチを食べていたカフェで
『ここに座ってもよろしいですか?』 と微笑みながら声を
かけてきたんです。
黙って頷く僕に 『ありがとう』 と言って向かいの席に座り、
自己紹介をした後、気さくに色々話しかけてくれました。
旅行のついでにその大学にいる知り合いを訪ねて来た事や、
現在日本の医学部で学んでいて、心臓血管外科医を目指して
いる事なども。
そのうちその知り合いが現われたので握手をして別れましたが、
あんな風に、誰かと普通に会話をしたのは初めてでした。
飛び級で大学に入ったと伝えた時も 『そうですか』 と言って
微笑んだだけで、僕を特別視もしなければ研究の対象としても
見ず、哀れみの目を向ける事もなかった。
対等な人間として僕を扱ってくれた唯一の人です。」
いかにもハルカらしいな、と内心で苦笑する。
「その日から一日も欠かさずハルカさんを抱く夢を見続け、
そして僕は決めました。
何があろうと絶対ハルカさんを手に入れると。」
もう一度ハルカの写真に恭しくキスをした。
「……ようやくそれを実現する為に日本に来たのです。
もちろんハルカさんの動向は全て調べつくしていましたから、
向こうの大学教授のコネを使ってあの大学病院に研修医
として入りました。
そして2年前から貴方と暮らしている事も知っていましたから、
貴方のいるヤクザの世界がどんな物なのかを学び、貴方が
どんな存在なのかを知る為に、わざわざクスノキなどに
近付いてこの体を抱かせたりもしました。
ハルカさんを手に入れる為には手段など選んでいられ
ませんからね。
それに抱かれる側を経験しておけば、その分ハルカさんを
抱く時に細かいところまで気を配ってあげられます。
まぁヤクザ遊びはなかなか楽しかったですよ。
でも単細胞な人間ばかりであまりにも簡単に事が運んで
しまうので、そろそろそれにも飽きて来ました。
それに頭の悪いクスノキの顔を見るのもいい加減疲れて
いましたから、さっきは本当に清々しましたよ。
だからこの辺でそろそろ最後の詰めをしようと
思いましてね……」
朱雀はチャカを手にぶら下げながらゆっくりと立ち上がり、
それに合わせてケントもチャカを構えて俺の前に立ち塞がる。
俺は既に根元までになっていたタバコを灰皿で揉み消した。
ホテルの大きな窓ガラスにポツリポツリと雨が当たり始め、
遠くからはゴロゴロという雷鳴が聞こえていた。
……ハルカ、もうすぐお前の元に帰るから待っていろ……